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えいざつき ~映画と世情と日常と~

主に映画の思い出について書きますが。基本は自分の思った事をつまり妄言を書きます。

<ネタバレ>『駆込み女と駆出し男』を楽しく観る二つの要素とおまけ

[敬称略]

『駆込み女と駆出し男』について書きます。
 


〇綱紀粛正
天保の改革 - wikipedia
時計を逆に戻そうと見せかけた天保の改革 - Essay 幕末物語
寛政の改革と出版統制 - InDesign

天保の改革享保の改革のほぼやき直しだが、主導者の水野忠邦が失敗して悪評が残ったのは「時代だから」としかいいようが無い。もう少しつけ加えるなら、吉宗の改革がそれなりに成功した(いわゆる成功体験)し、藩の単位の小ささならうまくいっていたからだが、幕府だとうまくゆかないのは吉宗と藩の改革がうまくいってたのは市場を最小単位で運用、いわゆるミクロ経済の考えでも運用できたのに対して、天保の改革がうまくいかなかったのは市場を最大単位で運用するマクロ経済の運用が必要だったのに対していつもどおりミクロ経済の考えで運用しようとしたからだ。しかし、時代はそれを許さなかった。それほど社会は変化していたともいえる。武家以外が “勢力” として無視できなくなっていたとも考えられる。-ただし、これは都市だけの事例だろう-  田沼意次などはそれを敏感に読み取り幕府に財政を含めてそうゆう “勢力” をコントロールしようとしていたが、それに失敗して従来どおりの改革になった。倹約令も出版の統制もその流れだが、ブログ主が思うに「前もうまくいったから、今度もうまくゆく」ぐらいの根拠しかないだろう。

〇ラストシーン
竹林の七賢 - コトバンク
曲亭馬琴 - wikipedia

ラストで新次郎とじょごが竹林で出会うのは老人である馬琴だが、馬琴はいわば碩学(物知り)で例えるなら司馬遼太郎みたいな人物だ。そして竹林で賢人に会うことは知的な刺激とそれにともなう反体制的な思考を意味する。戯作者見習いの新次郎が竹林で賢人(馬琴)に会うという意味は新次郎が、これからどんな戯作を書くのかが方向づけられているのかも暗示している。


おまけ 戯作
戯作小説と近代小説との違いをわかりやすく教えてください!! - YAHOO! 知恵袋

人の内面を描く。つまり葛藤を描くのが近代小説にかかわらずに現在のドラマの基本だが、今でも多くの人が望むのは読んでいるものは戯作に通じる “気持ちよさ” であるのは間違いない。外れると非難の的になるからだ。しかし、今、それをストレートに出だしたら幼稚になってしまうから “気持ちよさ” の出し方に工夫を凝らせなければいけないでしょうね(弱気)


感想は……

シネフィルじゃないんでノーコメントで……







 
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