読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えいざつき ~映画と世情と日常と~

主に映画の思い出について書きますが。基本は自分の思った事をつまり妄言を書きます。

<ネタバレ>『日本のいちばん長い日』を楽しくみるための二つの要素とおまけ

注:ここでは史実よりも映画にそった形で記します。[敬称略]

原田監督らしい映画でした。
 

よくわからないところがあるので書いてみます。


〇 聖断

大本営 - Wikipedia 
御前会議 - Wikipedia 

太平洋戦争(というよりも日本の戦争)は聖断が二種類ある。まずすぐに分かるのは映画で描かれた「終戦」の聖断で、映画では描かれなかったが「開戦」の聖断だ。つまり天皇による戦争の「開始と終結」が聖断の役割だ。流れでいうと。大本営大本営政府連絡会議)→御前会議→聖断だが、もちろん「開戦」の聖断は戦争すべきかどうか?と勝利の見込みがないと下されないので、この場合だと大本営で戦争の決定と勝利の見込みを決定→天皇に報告して後に御前会議→天皇は発言せずに聖断。になる。それを考えれば「終戦」の聖断での、大本営(映画では最高戦争指導会議。これは大本営から出席者を減らしているから)で結論が決まらないのに御前会議。天皇から意見を聞く、天皇が終戦の発言をする。それをほぼ一日を使っての流れで、だから映画でのそれはやってはいけないの3連コンボをあえてやった、この “掟破り” が何となくわかると思う。つまり映画での聖断は天皇と鈴木の “謀” (はかりごと)として描写されている。


〇 国体護持

国体明徴声明 - Wikipedia 
支配正当性とは何か - 日本とインドネシアの比較から - 歴ログ -世界史専門ブログ- 

阿南と青年将校が最後までこだわった「国体」とはかなり荒い言い方をすれば「天皇とその承継者の日本での軍事を含む全てを統治する権利」の保証である。日本(軍)にとっての終戦とは手に入れた領土の返還のみを意味していた。だから勝利者側のその確約があいまいであるがために後半の展開になる。今の人(ブログ主も)ピンとこない話だが、「国体」とはその国の “正当性” と “自立” を示す重要な要素でもある。これがしっかりしていないと近代国家に必要な憲法も磐石なものではなくなる可能性がある。それは現在の紛争の根本原因が「国体」ができる前に問題がおきたり、消滅したりしたのでの深刻さが暗に(学術的には証明されていない)あることからも何となくなら分かるだろう。ちなみに天皇が国体護持の自信をいったのは事実だが、その根拠は今でも謎のままである。ここはブログ主の妄想だが、おそらく阿南そして青年将校達と天皇の「国体」は一致していなかったのではないのかと。



おまけ:楠木正成

楠木正成 - 京都大学歴史研究会 

 映画では忠臣の象徴として楠木正成が使われている。東条が天皇に対して貝の例え話で和平の撤廃を申し上げる場面があるが、これは諫言(かんげん)とよばれるもので、楠木正成が敵と戦う意思がある天皇に対し反対に和平を提案するエピソードから簡単にいえば「忠に報いなければいけない対象が間違った判断をしたら、その間違いを “やさしく叱って” 正す」行為なのである。東条のしたのはそれで、クライマックスの青年将校達の行動もそれにあたる。そして阿南の自害は天皇のために命を “捨てた” 行為もまた楠木正成の最後を連想させている。布石として「家長としての楠木正成」と「宮城の南にある楠木正成像」をセリフを入れていることからまそれはわかる。


映画は「それなりに」見ごたえがありました。


 
にほんブログ村 映画ブログ 映画備忘録へ
にほんブログ村

映画(全般) ブログランキングへ