えいざつき ~映画と世情と日常と~

主に映画の思い出について書きますが。基本は自分の思った事をつまり妄言を書きます。

ネタバレ有:『クリーピー 偽りの隣人』の康子さんはアレをどこでアレしたか?

ここでは題名を恣意的に表記します。[敬称略]

クリーピー 偽りの隣人』を観ました。
 
クリーピー 偽りの隣人 : 作品情報 - 映画.com 


黒沢清節全開!香川照之劇場!」 『クリーピー 偽りの隣人』のブログ主の感想はその他の人変わらないが、「宣伝がネタバレ」にはあえて異を唱えたい。あれは意図してやっている。古典的なストーリーを現代的に直してはいるが見方を変えるとけっこう「奥が深い」と感じたからだ。それは後述するとして、ここでは主人公である高倉の妻 、康子がどこで西野の魔の手に堕ちたのかを書いてみた。


実は……

 

 

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「ご主人と僕とどっちが魅力的ですか?」   
 

このセリフを西野に言われたとき康子は注射を打たれた。

何故ならこの時に画調が微妙に変わるから。あの注射がなんであるのかは考える必要はない。記号として “いつもと違う” 感じがしたら、それは日常が非日常でマーキングされた記号だ。映画に付箋を付けたといっても良いだろう。

ちなみに黒沢監督は『CURE』でもマーキングをしている。もっともそれは画調ではなくショットなのだが。だから、『クリーピー』でも自分は分かったのだが。


ここから後述の部分に入る。西野はここではモンスターとして認識されている。モンスターがこの映画の不安の具象化なら西野のそれは『サイコ』から共通する「現代の恐怖を具象化した」存在なわけだ。そこに監督はある “捻り” を入れてきた。

「良心がある人は他人に支配されやすい。そして良心が無い人は他人に支配されない」 

だ。

高倉夫婦より先に住んでいたあの婦人もそうだ。彼女も良心が無かった、というよりも母親のせいで「捨てて」いたために西野の毒牙にかからなかっただけなのだ。

そうするとラストの意味も解釈が見えてくる、つまり「高倉にもそれは無い」かもしれない疑問だ。 

観終わった後のあの後味の悪さ。居心地の悪さはそこから来ている。



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