えいざつき ~映画と世情と日常と~

何かの感想というよりも、それで思い出した事を書きます。映画、SFが多めです。そして、たまに妄想が暴走します。

『インデペンデンス・デイ』のどこが画期的だった(?)のかを簡単に書いておくね

ここでは題名を恣意的に表記します。[敬称略]

インデペンデンス・デイ リサージェンス』の公開に関連して『インデペンデンス・デイ』について書きます。
 
インデペンデンス・デイ : 作品情報 - 映画.com 


インデペンデンス・デイ』の評価は「大味」「アメリカ万歳」と「SFXスゴイ」「家族愛に泣ける」だろうが、実はこの映画ちょっとだけ画期的なことをやっている。「パイロエフェクトによる大爆破?」それはある。「アナログとデジタル合成との組み合わせによる迫力のある画作り?」それもある。「ウィル・スミスがグーパンチで宇宙人を殴るところ?」かなり近い。

実は……

  ==== 宇宙人を倒したのは黒人とユダヤ人だから。

黒人はウィル・スミス演じるスティーブン・ヒラーを見ればそのままだからわかるけどジェフ・ゴールドブラム演じるデイヴッド・レビンソンはピンとこないかもしれない。だけど父のジュリアスがユダヤ教を示す民族衣装の帽子のキッパを被りユダヤ教を名乗っていたからデイヴッドもユダヤ人であるのは間違いない。

だとしたら、そこの何が画期的なのか? 

実は黒人とユダヤ人はかつてのSFだとエイリアンの隠喩として描かれるのが多かったから。

ここでいうエイリアンとは宇宙人だけではなく「人間とは違うもの」 に意味であり宇宙人でありミュータントを指す。つまりは “脅威” として描かれる傾向(あくまでも)あったから。

例えば『猿の惑星』シリーズの猿が人種(黒人)対立であることはエリック・グリーン著『《猿の惑星》 隠された真実』(扶桑社)で分析されているし、それよりも前の50年代に書かれたSF作家ロバート・A・ハインラインの『メトセラの子ら』は明かに旧約聖書出エジプト記をお手本にしていることから「ミュータントはユダヤ人」の隠喩が連想される。

つまり黒人とユダヤ人はSFでは「人間以外」の存在として描かれていた。

ところが『インデペンデンス・デイ』では宇宙人と戦う勇敢な “人” として描かれている。ここまではっきりと示したのはSF(映画)はおそらくこれが最初だろう。

これが『インデペンデンス・デイ』の画期的なところだと自分はみている。


……もっとも

素朴なジャイアントイズム&ノーテンキなこの映画にそれをみてしまった自分の頭が目でたいのかも。







 

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