ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略][加筆修正有]
Marvel 映画「スパイダーマン ホームカミング」日本版予告 第3弾 Another Cut Ver.
『スパイダーマン ホームカミング』はアベンジャーズとして認められたいピーター・パーカーことスパイダーマンの行動に一喜一憂できれば充分に楽しめる。これは「若者が成長する物語」だからだ。
しかし、個人的にはピーターよりも今回の敵役であるエイドリアン(バルチャー)に興味をもった。
SF映画の悪役は本来、AI(ロボット)、エイリアン(モンスター)、富豪(大企業)、犯罪ネットワーク(テロリスト)などだが、エイドリアンの設定は斬新だ。その悪行はきっかけも動機も誰もが共感できるモノだ。だから、ラストも、その落としどころもサム・ライミ監督版『スパイダーマン』や『シビル・ウォー』のように「苦い味」で終わるとばかり思っていたが、『ホームカミング』は違う。あざやかなのだ。それはあるトリッキーな仕掛けが功を奏している。そして、あの映画の設定を思い出した。
『アルマゲドン』より
実は最初はピーターと『アイアンマン』ことトニー・スタークとの疑似親子関係ではないかと予想していたが、今作ではその役割はエイドリアンが担う。前述したとおり、あのキャラと同じドラマが展開されるからだ。
今回はピーターとエイドリアンで感じた部分を自分なりに書いてみたいと思います。
こちらもお願いします。
ここから先はネタバレになります。観ていない方にはおススメできません。
唐突だが、父とは何か。簡単に言うと、家長だ。家長とは何か?その下にある者達の生活を守る存在だ「食い扶持を稼ぐ」存在だ。エイドリアンはかつての解体業者の従業員の生活と自身の家族のためにバルチャーとなり悪事を行う。
しかし、悪事は行うが、エイドリアンは悪役ではない。今回の悪役はアイマンマンでありアベンジャーズだ。しかしその「悪」は個人(または集団)が故意に起こしたそのものではなく、その場の対応、対処で生み出された歪みのようなモノだからだ、つまり、社会悪だ。エイドリアンことバルチャーはそこから誕生してしまった「悪」だ。彼は信念や欲望でそれを行っているのではなく日々の「食い扶持」を稼ぐためにやっている。裏を返せば社会的弱者だ。犯罪モノではよくあるパターンでもある。映画でも悪役と思っていたアイスの黒人が意外と普通として描かれているところからもそれは分かる。
しかし、悪は悪だ。それは正さねばいけない。しかし、普通に展開すると暗くなってしまうところを、ここではピーターが思いを寄せるリズの父にエイドリアンをもってきた。つまり、擬似的な親子関係が構築された。『アルマゲドン』でのブルース・ウィリスとベン・アフレックと同じだ。
こうした関係が構築されれば、後は「父の悪事を正そうとする息子」の構図になる。ピーターがエイドリアンを倒すのではなく悪事を止めるのは、そうゆうことだし、後味が悪くないのもそうゆうことだ。まるで、魔法にかけられたみたいに。
そして、エイドリアンもピーターを(疑似な)息子と認めている。刑務所仲間に「(知っていたら)とっくに殺している」と言っているのだから。
つけ加えるなら、ピーターが、あれほど入りたがっていたアベンジャーズ入りを断るのは。彼の成長を描くと同時にあきらかにアベンジャーズに対する批判、またはカウンターにもなっている。ピーターは正義のためではなく、弱いもの(社会的弱者)のためにスパイダーマン(親切な隣人)になる。これは、おそらくトム・ホランドのスパイダーマンのメインテーマになるのだろう。
『ホームカミング』の脚本は見事だという他ない。傑作です!!
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