えいざつき ~映画と世情と日常と~

何かの感想というよりも、それで思い出した事を書きます。映画、SFが多めです。そして、たまに妄想が暴走します。

『ジャスティス・リーグ』の簡単な感想。そして〇〇になる話

ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略][加筆修正有]

 

ポスター画像

 

ユーモラスな部分が増えたおかげか、観ているうちはとても楽しい『ジャスティス・リーグ』だけれども、個人的にはちょっと違和感を感じた。そこで今回はあえて重箱の隅を突くのを承知で自分が感じた違和感を書いてみたいと思います。

 

 

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ここからはネタバレになります。観ていない方にはおススメできません。

 


映画『ジャスティス・リーグ』日本版予告編 1

wwws.warnerbros.co.jp

 

 

いきなり本題から外れるが、ジャスティス・リーグ』は孤高、または日陰者・はぐれ者だったヒーロー達がひとつのファミリー(家族)になるドラマだ。

 

それは最初の方、クラーク・ケントの母であるマーサと彼の恋人だったロイスの会話で示される。家(ホーム)の話だ。

 

そして中盤から後半におけるロシアのある家族の描写がそれを裏付けていてもいる。つまり、これはリーグ(同盟)での結成ではなく、ファミリー(家族)の誕生を描いた。ともいえる。これで、マーベルの『アベンジャーズ』との差別化が図られている。

 

この映画は当初は『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』の監督でもあったザック・スナイダーが担当していたが、完成寸前で降板して『アベンジャーズ』のジョス・ウェドンが引き継いだ経緯がある。

 

ウェドンが『アベンジャーズ』でどうやってバラバラだったヒーローを団結させてチームにしたかというと。前フリで今にも落ちそうなシールズの空飛ぶ空母を各ヒーローに立て直して後に、シールズの一員だったコールソンの死を彼らに見せて、 -- しかも、ニック・フューリーの弁舌つきで。 -- ヒーロー達の団結を誘い、アベンジャーズ結成の流れだった。

 

今回、ウェドンがしただろうと考えられるのは、『ジャスティス』のヒーロー達を前述したとおり家族に見立ててジャスティス・リーグの結成の流れにしたところだ。

 

もちろんクライマックスは今回の敵役であるステッペンウルフとの闘いだが、ドラマとしての最終点、そして見せ場はスーパーマンの復活してのちのジャスティス・リーグ結成だ。つまり、『アベンジャーズ』と逆の手を使ったわけだ。

 

ちなみにウェドンは『アベンジャーズ』の脚本も手掛け、『ジャスティス』の脚本にも参加している。家族のドラマを構成したのは、想像できる。

 

付け加えると。もしかしたらユーモラスな部分もウェドンかもしれない。これはスナイダーには見られない傾向だからだ。

 

ここでようやく本題の違和感だが、『ジャスティス』の冒頭でスーパーマンの死によって絶望的な雰囲気だったのにもかかわらず、後半になると家族のドラマに切り替わっているためにスーパーマンが復活しても、ジャスティス・リーグが結成しても、それが「希望」に感じられないところだ。だとしたら、冒頭のアレはいらなくね?

 

 おそらくスナイダーだとスーパーマンが復活して、そしてジャスティス・リーグ結成の流れで、世界中が「希望」を感じさせるプランだったのだろう。

 

こうなったのは、DCとしては崇高さを残しつつも共感しやすい親しみやすも取りたかったのだろうなぁ。スーパーマンは日本人が想像する以上に偉大なキャラクターだということかも。

 

 

 

  

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