えいざつき ~映画と世情と日常と~

何かの感想というよりも、それで思い出した事を書きます。映画、SFが多めです。そして、たまに妄想が暴走します。

『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』のネタバレ有の雑感

ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]

 

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cpn.disney.co.jp

 

『アイアンマン』、『キャプテン・アメリカ』、『マイティソー』、『ハルク』などのマーベルヒーローが一堂に会する『マーベルシネマティックユニバース』一編。『アベンジャー』シリーズの3作目。6つ揃えば世界を滅ぼすといわれるインフィニティストーンを狙う最強の敵サノスとアベンジャーズが宇宙と地球に分かれて最終決戦に挑む。

 

『インフィニティ・ウォー』は登場するキャラが大量に登場するだけあってヒーローの個々のドラマよりもチームというクラスタ別のドラマ展開になっていて総花的な印象だ。そして個人的にはアレに衝撃を受けたよりも、「ネタバレ禁止」の前情報を知っていたゆえにカックンした。のが本心なので、今回は映画の感想ではなく、この映画のドラマは何なのか?そしてどこへ行くのか?の予想を書いておきたいと思います。

 

その前に、あの衝撃についての自分の考えを書きます。それは今回のドラマにとって重要な要素にもなるからです。

 

簡単にいうとあの衝撃は、トニーとストレンジだけではなく、その場にいたすべての人が承知して「受け入れた」ということだ。ドラッグスはちょっと怪しいがサノスを倒せるなら承知した。だからこそのあの衝撃でもある。

 

それはあるキャラが衝撃がおきたとき「怖い」そして「ごめんなさい」といったところからも察せられる。「何が起こっているか分からない戸惑い」よりも「何が起こることを知ってくる不安」から発せられる台詞でもあるからだ。しかも、衝撃が起こる前にピーターとクイルは映画フットルースの会話をしている。ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーで『フットルース』は何に使われたかといえば、時間稼ぎだ。つまりあの衝撃は時間稼ぎなのである。しかし、衝撃から戻れない可能性もあるはずなのでリスクは高い。要は賭けだ。

 

それでは、あの衝撃が何かといえば、ドクター・ストレンジ』のクライマックスで現れたアレを使ったのも推察される。ラストに現れた新たなヒーローの名前もそれを暗に示してもいる。つまり、次作がどの方向にすすむのであれ、観ている誰もが理解できる、衝撃から彼等が戻ってくるのをアベンジャーズの勝利条件として設定したのだ。

 

ようやく本題に入るが、そこまで悲壮感漂う展開にしたのは。もちろん次作を盛り上げるためでもあるが、これが悪役サノスのドラマでもあるからだ。

 

誰もが納得できるのは、今作の主役はサノスだ。と感じるところだ。彼がただの悪役ではない多くのウエットな感情をもつキャラであり、このようなことをしている理由も理解できる。彼に魅力を感じる人もいるだろう。その主張は「全宇宙の人口をランダムに半分」するなのだが、一見、マルサスの『人口論』やローマクラブの『成長の限界』の「人口は幾何級数的に増加するのに対して生活資源は算術級数的にしか増加しないので、生活資源は必ず不足する」を思い出すソレは、今では社会的変動性や技術的革新の要因でそのままでは通用しないモデルでもあるから古臭い主張かもしれない。しかし、グナル・ハインゾーン著『自爆する若者たち』での「15歳から25歳の若年人口層が爆発的に増え、社会での割合が三割をこえると内戦や戦争の可能性が高まる」ユース・バルジのモデルもあるのだから簡単には否定はできない。

 

しかしその動機を認めても、彼は共感するには危険なキャラでもある。サノスの主張は聞こえは良くても、結局は「政治が介入しない緩慢な戦争」を仕掛けているにすぎない。そうゆう意味ではサノスは絶望から生まれた諦めの心「諦念」でもあるのだ。

 

ひるがえって、今回の『インフィニティ・ウォー』はキャプテン・アメリカことスティーブの「目的のためでも一人として犠牲はださない」とする心が前面に描かれる一方で、アイアンマンことトニーの「目的のためなら多少の犠牲は必要」とする心があの衝撃で描かれる。という対照的な感情を鮮明に押し出してきた。だから次作のドラマ「この二人の和解と共闘」がドラマの中心になるのは必然だろう。彼等に共通するのは「諦めない」だ。そしてそれを触媒にして決別した二人が手を携えるかもしれない。そこに生まれるのは「不屈」の他にはない。

 

 だから、『インフィニティ・ウォー』と次作で現れるであろうメッセージは、アベンジャーズ「不屈」VS サノス「諦念」でもあり、最終的には「不屈」が「諦念」を打倒しなけらばならない訳だ。
 

またルッソ兄弟は前作シビル・ウォー』で戦いで犠牲になった人間に焦点をあてて、スティーブとトニーに私闘をさせることで「ヒーローの精神的敗北」を描いた監督だ。だとした次は「敗北から生まれる精神的勝利」を描くのが見えてくる。それは次作が今作とはまた別の衝撃として描かるのは間違いない。

 

正直このドラマの落としどころは分からない。分かっているのは勝利条件とは別にアベンジャーズが単にサノスを倒すのではなく、倒されるサノスにもそれが大団円だと観客に感じさせなければならないところだ。漫画北斗の拳強敵の拳王ラオウの最後「我が生涯に一片の悔い無し」と同等か、それ以上の最後を描かなければならない。もしそれが描かれたのなら最終的には『インフィニティ・ウォー』も次作も含めて傑作になるのだろう。「不屈」が「諦念」を倒したあとに生まれるのは「希望」に決まっているのだから。

  


「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」本予告

 

 

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー(オリジナル・サウンドトラック(仮))

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