ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
第2次世界大戦初期。ヒトラー率いるナチスドイツの電撃戦によりヨーロッパは蹂躙されイギリスにも侵略の脅威が迫っていた。イギリス議会はチェンバレン首相の退陣と引き換えに挙国一致内閣を提案。受け入れた与党からは新しい首相に問題児のウィンストン・チャーチルが就任する。内閣も国王ジョージ6世もそれに不満を抱く中、チャーチルはヒトラーに対し宥和ではなく徹底抗戦を説き一気に孤立化する。
原題は " Darkest Hour " この映画チャーチルを演じたゲイリー・オールドマンの演技も素晴らしいし、画もドラマも圧倒的な迫力があって引き付けられるのだが、好きになれない。もしかしたら今年のワーストになるかもしれない。
この映画では肝心なところが描かれていない「どうしてチャーチルはあそこまでヒトラーを嫌いナチスに対して徹底抗戦の考えを貫いた」のかが描かれていない。もちろん知識としてはナチスが何をやったのかは知っている。チャーチルがどんな性格か何をしたかは知識としては知っている。しかし、映画の中ではそれが描かれていない。例えばスピルバーグ監督『リンカーン』はリンカーンがどうして奴隷解放のアメリカ合衆国憲法修正第13条の可決にこだわるのかを電信技士との会話でそれとなく語っているが、この映画にはそれが無い。チャーチルの孤独はさんざんに表現されているのに、その孤独へと追いやる信念の根拠が分からないのだ。
それが、どうやらチャーチルの伝記でもイギリスの歴史の逸話を描いているのではないらしいと思われてくるのは、やはり唐突な感がする国王ジョージ6世の心変わりだ。孤独だった男に初めて「友」ができる瞬間だが、どうして二人は「友」になったのか?それが分かるのはチャーチルが地下鉄で庶民と言葉を交わしたあたりからだ。戦う意思を示す庶民に励まされたチャーチルはあのクライマックスの演説へと雪崩れ込んでゆくのだが、そこにみえるチャーチル、国王ジョージ6世、庶民に共通するのは、条約を軽んじ力で蹂躙しようとするナチスドイツに対抗する大英帝国の文明に支えられた反骨精神だ。
これは自由主義イギリス(文明)VS 全体主義ナチスドイツ(反文明)との闘いのドラマだ。
最初の" Darkest Hour " は危機を示すのなら最後の" Darkest Hour " は団結を示す。そうみると、あえてチャーチルの信念の根拠を描かなかった。描く必要がなかった。抽象的だ。
もちろんそういったものを否定している訳ではない。感動はそのようなもの含まれているのだから。しかし、これは「ある特定の人々が共有する抽象」、つまり愛国心であって、現実に簡単に利用されやすいがために自分が共有してはいけない気がして、躊躇する。これが単純な娯楽なら受け入れたのだろうけども。
この映画で自分が共有できるのは「言葉」だけだ、「文字、文章」の正確さが議会制民主主義の根本である。それが言葉を軽んじる反文明に対抗できる。言葉の正確さこそが文明なのだ。と、まるでそう主張して一字一句のの文字を慎重に紡ぎだそうとする映画の中の彼等を観ていると、言葉を軽んじている今の日本の政権とは対照的にみえる。
しかし、それはメインではなくサブなので、やっぱり、この映画は好きになれない。
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』30秒予告編
- 作者: ウィンストンチャーチル,Winston Churchill,毎日新聞社,毎日新聞=
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2001/07/01
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