ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
田舎の一軒家で一組の夫婦が暮らしていた。ある日夫は突然の交通事故で命を失ってしまい幽霊となって家に現れるが妻は気が付かない。最初は夫の死を悲しみ喪失感にさいなまれていた妻もやがて去るが、夫の幽霊はそこを動くことができずに、ただそこに佇むのであった。
『平家物語 』での諸行無常でお馴染みの「無常」は「無情」と勘違いしがちだが、仏教の言葉だ。この世にある物は常に変化し生滅して、永久不変なものはないということ。を説明している。
この『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』は何故だが、この「無常」を描いている。まずはCが幽霊になってからの時間の進行ぐあいが規則性がなく断絶的に進行するし、時間がグルリとする事で、そこに居続けるCが見ているのは自分が住んでいた土地の変移してゆく様なのだから。
それにレイティングが全年齢対象だから分かりにくいが、死体が腐って土に還ってゆく描写が、まるで仏教絵画の九相図を思わせる。九相図での美女が死に、その死体が腐って土になる様を描いているのは残酷趣味ではなく、どんなに美しいものでも結局はこうなる。という「無常」を図で描くことで悟りの境地への妨げになる煩悩を振り払うためだ。
そして煩悩がどんなものなのかも、この映画で描かれる。妻Mが延々とパイを食べ続けて結局は全部吐いたりするシーンは貪欲(たんよく)。怒った幽霊のCが食器をぶちまけるシーンは瞋恚(しんに)。頭髪が不自由なインテリな男が喋る自論「自分のことを忘れて欲しくなくて何かしらの遺産(レガシー)を残そうとする。ただ、それらも宇宙が滅亡する日にはすべて消えてなくなってしまう」みたいな台詞は知った風な口ぶりなので、真理を知らない愚痴(ぐち)。これは煩悩の根本である三毒(さんどく)を意味する。
だから、この映画のドラマは幽霊のCが無常を知り、煩悩を振り払い、悟りの境地である涅槃(ねはん)に入る過程を描いているのだ。一見意味が分からなくても日本人、そして仏教が親しんでいる世界観なので、心に響くつくりになっている。
それに、それほど難解な訳でもない。俳優ケイシー・アフレックが👻の姿をするので話題の映画だけども、👻はケイシーだけではないし、それも見分けがつく親切な仕様だ。それで幽霊のCがどんな煩悩を抱えているのかも察しがつくようになっている。この部分が無かったら『ツリー・オブ・ライフ』のテレンス・マリック監督の難解な作品へと同じ道になるが、そこまではいってはいない。だから、90分の上映時間もあって、観やすい事は確かだ。人によっては、この映画は宝ものになるだろう。
正直、自分はそこまでは行かなかった。SFみたいなのを予想していたら、説法を見せらったって感じだ。

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