ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
レオ・シャープという老人がひとりで大量のコカインを運んでいたという実話の映画化。アール・ストーンはかつては高級ユリ(デイリリー)で有名な園芸家だったが、今はインターネットに押されて落ちぶれて家族とも不仲で孤独に暮らす90歳の老人となっていた。ある日孫娘の知り合いに勧められてメキシコ麻薬カルテルのためにコカインを運ぶ仕事を請け負う。最初は順調だったが、やがてDEA( 麻薬取締局)のベイツ捜査官の手が迫ってくる。そしてカルテルの抗争がアールの生活も狂わせてゆく。
映画監督でありスターでもあるクリント・イーストウッドはかつて自身に付きまとう二つの虚像にケリをつけた。一つ目は西部劇による名無しの男を『許されざる者』で。そして二つ目の虚像、現代劇でのハリー・キャラハンを『グラン・トリノ』で -- バン、バンで -- にケリをつけた。そして、この映画だ。
この『運び屋』で何の虚像にケリをつけたかと云えば、それはどう見ても映画スター、クリント・イーストウッドだ。何せ主人公アールに「リサーチする必要はまったくなかった。想像力で作り上げた」と言い、共感している部分に「彼はひとりで運転して旅するのが好きだった。私も一人旅が好きだから、そこが共通点だ」と答えているのだから。
モデルとなったレオ・シャープの運び屋としてのきっかけは園芸家の廃業なのだが、どうしてこの犯罪を続けたかはよく解ってはいない。弁護側から「脅されていた」とか「認知症」だとかで説明されたが裁判官からは却下されている。
だから孤独な老人レオを映画のアールに変換するときに同じ老人であるイーストウッドはこう書き換えた。それは映画の冒頭から描かれている「皆から注目されたい」だ。
つまり、クライマックスまでに描かれたアレヤコレヤは、「孫娘に注目されたい」、「退役軍会から注目されたい」、「犯罪組織の連中から注目されたい」となる。だから運び屋をやる。その姿は、どう見ても映画スター、クリント・イーストウッドそのものだ。
つまり、この映画はクライムサスペンスでもヒューマンドラマでもなく、『ジーサンズ はじめての強盗』と同じクライムコメディだ。違うのは『ジーザンズ』は孤独じゃないが、『運び屋』は孤独な老人なところだ。さらに前述したとおり想像力でアールの性格を作っているために、どーしたって演技派でないイーストウッドが演じやすいキャラクターに作り変えられている。
付け加えるなら、この映画、普遍性がありそうで実は無い。かなり個人的な映画だ。確かに、散りばめられたネタはいわゆるジーサンあるあるに満ちているし、「老人の性」もあり得るが、さすがに若い女二人といっぺんにセックスをするなんて規格外なことをするなんてお前だけだぞ。しかも2回も!
結局は「俺って本当はこんなクズ人間なんだよ」と語っているだけなのだ。
2回と云えば、この映画ではトランクの内側から開くショットがあるが、1回目が開くと注目とコメディがはじまり、2回目が開くと注目とコメディが終わってシリアスな展開になってゆく。
さらにくどく、2回にこだわれば園芸家の時に家族をないがしろにした事を、運び屋でもまた同じ様に再び繰り返そうとするが、2回目のトランクでそうは行かないと思わせて、とどめはアノ電話だ。この音楽の楽章と転調を思わせるテクニックは映画をドラマの段取りでも映像美でもなくメロディとリズムのみで捉えているイーストウッドらしい演出だが、ここからの贖罪のシーンはそうしないと娯楽としての締まりが悪くなるからか、それともイーストウッドの願望なのかが分かりにくい。
分かるのは、その贖罪での締まりを自ら「自業自得だ」、「有罪だ」と言い、アールに引導を渡す相手が弟子である俳優であり監督デビューしたブラッドリー・クーパー演じるベイツであり、その上で「老いたりしない」と云っているので、これは古いイーストウッドを棄てた新生イーストウッドの誕生であり、そのために映画の登場人物達がアールに翻弄されたように観客もまた映画監督イーストウッドに翻弄されているという意味では、まさしく「諧謔を弄した」のがこの映画だ。
参考
映画『運び屋』クリント・イーストウッド インタビュー/製作経緯、実在の主人公を語る | THE RIVER
映画「アリー/スター誕生」感想ネタバレあり解説 俺はガガ泣きでなくクーパー泣きだった。 - モンキー的映画のススメ
The Mule Trailer #1 (2018) | Movieclips Trailers
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