ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
第43代アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ政権下で副大統領(vice president)として働き、9・11後のアメリカをイラク戦争へと導いたとされるディック・チェイニーの実像をコメディとして映画化。1960年代半ば、飲んだくれ青年だったチェイニーは車の暴走で留置されて、恋人で後に妻となるリンに別れ話を切り出されるが、反省して数年後に政界へと進む。下院議員ドナルド・ラムズフェルドの下で政治の裏表を学び、大統領首席補佐官、国務長官を歴任しブッシュ政権で副大統領の座に就く。そして、2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件に遭遇。誰もが混乱するなかチェイニーだけが、これをチャンスととらえた。
ディック・チェイニーとドナルド・ラムズフェルドと聞いて誰もが思い出すのはネオコンと呼ばれる新保守主義だろう。アメリカ同時多発テロ事件以降の情勢の元凶がここにあると目されているのだから当然だ。しかし、伝統を守る事と自由主義経済を支持する矛盾をどう解決しているのかは政治理論家ラッセル・カークの考えまで遡らないといけないし、その考えも理論より信念(宗教)に近いところがある。
それに、今作に限ってはそれは必ずしも必要はない。それは後述する。
ただ、どうしてチェイニー等がそんな野望を抱いてもアメリカの国民がどうしてそれを支持(または見過)したのか?を。ここにいたるまでの状況と背景は若干の説明は必要だろう。それには今作ではサラリと振れられた程度である2人の大統領ジミー カーターとロナルド・レーガンを通して語った方が早い。
ジミー・カーターは第39代アメリカ合衆国大統領だ。彼が1977年に大統領に就任できた大きな理由が「清廉潔白」だったからだ。1972年、民主党全国委員会本部に盗聴器が仕掛けられ、それが現職の大統領が関与している疑惑のウォーターゲート事件は。国民の衝撃を受けた。それは大統領が弾劾される寸前までに追い込まれたが結局は大統領が辞任することで事件の幕引きが行われた。と大統領職を引き継いだ副大統領は考え、かつての大統領に恩赦を与えそれ以降事件の追求は終わった。それが、公民権運動、ウーマンリブ、ベトナム反戦運動等々の改革の社会の中で、さらに国民から不信をかい、ひいては最高権力者の清廉さを要求していたために誕生したのがカーター大統領だ。
ところが、カーターの政策はほとんど失敗。とどめは1978に起こったイラン革命とイランアメリカ大使館人質事件の対応のまずさに国民の支持を失った。彼の「清廉潔白」さは「人畜無害」の裏返しだったとして判断されたのだ。そしてそれは、これまで60年代から進められていた改革が停滞したことでもあった。
次の1981年、第49代合衆国大統領に就任したレーガンはマスコミからはタカ派とした呼ばれ、進化論を相対化したために宗教右派を喜ばせた。つまりリベラル(革新)とは真逆の保守的な考えをもっていた。それでも老いたとはいえ元俳優というハンサムなルックスとユーモア溢れる弁舌で国民に人気があり、同じ1981年に大統領について回るジンクスのテカムセの呪いどおりに大統領暗殺未遂事件にあったにもかかわらず生還し、その対応でタフさを印象づける結果となって、さらに人気と権威も高まり、保守がすべての権力を掌握しようとする保守革命がはじまったのがこの政権からだからだ。今作だと一元的執政府や減税政策やフェアネスドクトリンの撤廃がそれになる。
リベラルと左派のアイドルジョン・F・ケネディに対しレーガンは保守と右派にとってのアイドルになった人物なのだ。つまり、レーガン政権が誕生していなかったら今日の状況は生まれていなかった可能性が高い。
また、予告にも流れてはいるのでネタバレにはならないから付け加えると今作でチェイニーがブッシュJr.ことジョージ・W・ブッシュから、しれッと政務を要求する場面が描かれるが、そのアイディアもレーガンからだ。結局は実現はしなかったが、彼がパパブッシュことジョージ・H・W・ブッシュを副大統領に任せる条件として提示していたのがレーガンが当時苦手な外交をパパブッシュにさせようとしていたからだ。当時チェイニーも傍にいただろうから当然知っていたハズだ。
ここから後述に入ると、必ずしもそうゆう情報&教養は必要がないと自分が考えるのは、今作でのはじまりが若きチェイニーからだからだ。酒に酔って深夜に車を暴走させる序盤から、ここで描かれているのは権力に酔って未来という暗闇に権限を暴走させている男にすぎないからだ。
要するに、ただのバカだ。
つまり、バカと、そのとりまきのバカたちが共闘して、このバカたちを信じるバカ等(この映画での語り部)を巻き込み。そして、この映画をのほほーんと観ている自分等も「バーカ、バーカ」(最後に分かる)とひたすらギャグでディスっているだけだ!
そして、それに対して他国である自分等もそれに反論ができずに、ただ「ぐぬぬ…」とするしかない。
人事を握ることで行政を権力へと一元化してコントロールしたり、事実上の増税をしたり、自分の支持者を放送委員に送ることで報道の公正さを操作をしようとする国をよーく知っているからだ。どうこう言う資格などない。
ぐぬぬ……。
追記:どうしてワイルド・スピードシリーズの一作目の『ワイルド・スピード』を貼っているかというと、第一作公開とアメリカ同時多発テロ事件が同じ年の2001年だからだ。それ以上の意味はない。
参考
村田晃嗣著 レーガン いかにして「アメリカの偶像」となったか
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策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)
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