ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
2030年、桐生浩介が亡き妻のために開発した医療AI<のぞみ>は、年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴といった全国民の個人情報と健康を管理していた。いまや社会インフラとして日本には欠かせない存在となった<のぞみ>だったが、総理大臣賞授賞式の日に暴走を開始。生きる価値のない人間をAIが選別して殺戮するという事態が起きる。警察の天才捜査官・桜庭は、暴走させたのは開発者である桐生と断定。身に覚えのない桐生は逃亡を開始する。そして<のぞみ>を管理するHOPE社の代表で、義弟でもある西村悟とひそかに連絡を取りながら、なんとか事態の収拾を目指すが……。
入江悠監督
注意:できる限り内容への言及は避けますが、抵触しそうな可能性もあるので、純粋にこの映画を楽しみたい方には、ご遠慮くださるようお願いします。あと空白の部分は反転してお読み下さい。
みなまで言うな、
この映画がそれ程じゃないのは知っている!
しかし、この映画、個人的には邪険に扱えない気もあるのだ。むしろ別の意味でリアルに感じてしまったからでもある。
それは後述するとして、単純に娯楽として語るのなら、この映画は近未来を題材にしているにもかかわらず、いわゆる「近未来感が感じられない」ところが弱点だ。主役の大沢たかおも「あんまり変わっていない」みたいな台詞を作中でつぶやいているくらいなのだから。
もちろん無人自動運転とかのガジェットとかは出ているのだけれど、それに魅力が感じられない。これは予算とかデザインとかの問題じゃなくて、単純に見せ方(魅せ方)がなっていない。実写映画『鋼の錬金術師』の感想のときにも書いたが、「別の世界を覗く感覚」である「異国情緒の感覚」がないのだ。
ただ、入江監督もそれは百も承知でやっているフシがあって、今作ではソコよりもヒューマンドラマとアクションに振り切った演出をしているらしい。内容も監督でいうなら冒頭はトニー・スコット風にしてみたり、中盤にスピルバーグの『マイノリティ・リポート』風アクションを入れたり、クライマックスはジョン・バダムの『ウォー・ゲーム』風だったり、ラストの締めショットはザック・スナイダー風のナメ映像だったりで、色々とやっている。それに無実の男が逃げ回る展開はヒッチコック映画の定番でもあるし。
ただ、やはりどこかしっくりこないのも確かで、そのせいでこのサスペンスの根幹である政府が財政を圧迫する高額医療者をAIを使って選別して殺してゆく。という、映画の中で言われている「命の選別」なるモノが、突拍子もないくらいにリアリティが感じられないし、寓話にもなっていないのだ。着眼点そのものはすごくいいのに、何か惜しい。
ここから後述と惜しい、と書いた部分に入るが、実はこの映画で描かれた「命の選別」みたいなのが、将来に誕生する基盤はすでに出来ているからだ。そのひな型みたいなものが現在には存在する。ここでは信用スコアのことを指す。
「信用スコア」とは、個人に紐づくデータをもとに信用度を分析し、スコア化する仕組み。学歴、職業、年収、さらには購買履歴などの膨大な個人データからAIが分析し、数値を弾き出す。可視化された信用度は、融資・ローンなどの可否判断といったサービスに展開される。
中国で活用が広がっている「信用スコア」。日本でも、大手企業がぞくぞく参入しています。 | ハフポスト から引用
日本でも各企業が導入を検討している、こうした制度が定着しつつあるのは信用スコアを導入した中国企業グループアリババの「芝麻信用(セサミ・クレジット)」が成功したからなのだが、この重要な点は「個人データをより多く持っていた者が時代の勝者になりうる」という可能性でもある。だから、あらゆる企業が力を入れるところがある。これが医療関係とリンクしたらどうなるのか?今はそれぞれの企業が管理している状態だが、これを国が統合して管理運営するとどうなるか?この二つが自分が感じたこの映画のミソだ。
もちろん、この映画の様な極端なことは起こらないだろう。しかし、高齢者・高額医療者がいるところはスコア(ポイント)が厳しくなったりすれば、これは緩やかな「命の選別」ともいえる。そして選択肢が削れてゆくことから「自由とは何か?」という哲学的な問題にも突き当たるだろう。それは信用スコアとはお金と同等の存在なのか?という問いでもあるからだ。
とまぁ、これも映画『アップグレード』の時と同じように、内容よりも妄想が捗るタイプの作品だったが、『アップグレード』は楽しかったけど、こちらは我ながら暗いな。
参考
中国で浸透する「信用スコア」の活用、その笑えない実態|WIRED.jp
映画『AI崩壊』本編映像(AIが命の選別を開始)【HD】2020年1月31日(金)公開