えいざつき ~映画ポエマーの戯言~

批評というよりも、それで思い出した事を書きます。映画、SFが多めです。そして妄想が暴走してポエムになります。

【ネタバレ無 】さすらいの名匠『劇場版 AIR』

お題「ゆっくり見たい映画」

ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]

 

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www.imdb.com

 

病気がちのため不登校で、友達もいない観鈴。そんなある日彼女は、人形芸をしながら旅を続ける青年・往人と出会う。だが、それは彼女が図書館で偶然見つけた本の主人公と全く同じ出会い方だった。

映画-Movie Walker より引用 

 

出崎統監督 

 

ja.wikipedia.org

 

日本の商業アニメーションで重要な人物を二人あげよと問われたら。まず、最初に挙げられるのは高畑勲であるのは異論はないだろう。

 

それでは二人目は誰か?宮崎駿か?違う。押井守か?違う。庵野秀明?違う。富野由悠季なのか?違う。それではやはり手塚治虫なのか?もちろん違う!

 

どう考えても出崎統しかいない!それくらい最重要な監督だ。日本におけるテレビアニメーション草創期のイノベーション高畑勲と今回に取り上げる出崎統を主軸にして成立されたと断言できる。つまり彼とその作品を無視して日本のアニメーションを語ることはあり得ない。

 

しかし、現在のアニメには、かつての面影らしきものが残っているだけで、出崎作品を語るのは評論家か古参のアニメファンくらいだ。

 

出崎演出の魅力は、多くの人々が指摘されているように数々の発明といっても良い描写だ。キラキラと光る入射光と反射光、同じポーズを繰り返して写す3回パン、同じ動きでの画面分割、スローモーション、そしてキメで絵を止める止め絵。等々、数多い。そうしたテクニックは動画枚数の節約を前提として制作しなければならなかった初期テレビアニメ制作状況と上手くマッチしたのだ。そして、それはフィルム撮影だったからこそ魅力的に映えた。デジタル技術が標準となった現在では、この雰囲気を再現するのは難しい。

 

さらに出崎作品は監督をつとめただたけでも多種多様だ。スポーツだけではなく、アクション、スリラー、ファンタジー、SF、ギャグ、名作、男の子向け、女の子向け、幼児向け、オタク向け、と幅が広い。手掛けていないのはロボットくらいだ。

 

そして、個人として困ったのは、ここは、一応映画ブログを掲げているので、出来れば出崎作品を映画からチョイスしたいのだが、最高作である『劇場版 ースをねらえ!』(1979)を今は簡単には観ることは難しく、手軽に観れるのは『コブラ』(1982)、『ブラック・ジャック』(1996)、『劇場版 AIR』(2005)、『劇場版 CLANNAD - クラナド-』(2007)くらいしかない状況だ。そんな中で今回『劇場版 AIR』を選んだのは、あくまでも都合がよいからで、この作品については少し語るていどだ。

 

そんな今回の主旨は数々の技法を生み出し、かつジャンルが広範囲しすぎて把握して語るのが難しすぎる出崎作品の魅力をたったひとつの作品を通して語るという大胆すぎることをするのだ。

 

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www.imdb.com

 

1970年に日本で公開された、アメリカ映画『イージー・ライダー』の物語はコカインの密輸で大金を手に入れた二人の若者が南部を旅をする話なのだが、それがベトナム戦争後期のアメリカ社会の状況と南部という世情に「自由な」二人の若者が関わるドラマにもなっている。

 

そして、その描写も自由だ。1960年後半から1970年半ばのアメリカ映画はベテラン監督ではなく、若い作り手たちが主流となり、撮影所よりもロケ撮影を主にしたアメリカン・ニューシネマの時代。『イージー・ライダー』を監督したデニス・ホッパーもセオリーというよりも冒険的な撮影と編集で当時のどんな抑圧からも「自由」でありたいと思う若者たちの気持ちをそのまま表したかのような先鋭的な画をつるべ打ちしたかのようなショットがつづられてゆくのだ。そして、それは当時26歳でテレビアニメ『あしたのジョー』の監督を任された出崎に多大な影響を与えているだろう。事実、Wikipediaによるとセル動画に入れる光、いわゆる入射光は『イージー・ライダー』から取ったと出崎自ら発言しているくらいなのだから。

 

そして、この映画を観たことがある人なら、出崎が入射光以外で、この映画から反射光、3回パン、スローモーションなどの、あの独特な演出のインスピレーションをもらったのはすぐに理解できる。その萌芽のようなものが、以下の動画にもあるからだ。

 


Easy Rider 1969 End

 

さらに、『劇場版 エースをねらえ! 』のクライマックスを観た人なら、あのヘリコプターのシーンがここから影響を受けたのだとすぐに気が付くはずだ(画像は『イージー・ライダー』)

 

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しかし、止め絵らしきものは見つからなかったので、それは1970年に日本で公開された『明日に向って撃て!』のラストシーンからかもしれない。(画像は『明日に向かって撃て!』)

 

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もちろん、画面分割は出崎自身が言ってるように1967年に日本で公開された『グラン・プリ』などからだろうが、出崎の感性の中心にあったのは『イージー・ライダー』に違いない。それは出崎演出の考えと一致するからだ。「型を捨てて自由になれ!」と。

 

出崎 ……価値判断を人にゆだねて、人と一緒になっちゃう。自分の目で見てよ、自分の体で確認してよって思う。なんかねじれているなあって。ほかの人と一緒でもかまわないという価値判断みたいなのは、僕にはわからないですね。だから、人から何かいわれた時に、それがルールだと言われても、それが ‟絶対„ だとは思ってほしくないですね。いい意味で ‟絶対„ ってことを否定して、自由な視点で、正しいものを見極めていくのが当然なんだということを、もっといろんな人に知ってほしいです。

完全解析! 出崎統 アニメ「あしたのジョー」をつくった男 より引用

  

出崎は撮影で失敗したものでも、それが面白かったら採用した。それくらい型を嫌い自由な表現を愛した。それは基本や常道にこだわらずに自由気ままに撮って、それが見事にキマった『イージー・ライダー』にまさしく魅せられたのか。それともアニメ監督として暗中模索と試行錯誤をしている時期にモヤモヤと自分の中に渦巻いていたモノが『イージー・ライダー』によって具体的として現れ、それが彼の背を押したのかもしれない。これでいい!と。

 

つまり、出崎にとって『イージー・ライダー』とは、その精神的支柱、いわばソウルムービーなのだ。

 

そうゆう視点から見れば、出崎作品はモチーフにいつも「旅」を描いてきたともいえる。ここでいう「旅」とは、見知らぬ土地の風景や風習を堪能することではなく、見知らぬ人に出会い何かを与えられて去ってゆく。という情景だ。『あしたのジョー』の力石、『エースをねらえ』の宗方、『ガンバの冒険』のノロイ、『宝島』のシルバー、みんなそうだ。

 

だから、本来なら萌えに属する『劇場版 AIR』に興味を示したのも、旅をする青年と難病の少女との出会いと別れが、出崎が思い描く「旅」にあったから監督を引き受けたのだろう。-- 少し付け加えると、原作の『AIR』とは繋がりの不思議さを描いたゲームで。出崎が思う「旅」とは真逆のドラマなので、公開当時、熱烈なファンから批難されたのは当然のなりゆきだったのかもしれない。

 

出崎が生み出した技法も、やがて(すでに?)は形式化されてゆくのだろうが、それは、それでいい。大事なのは「型を壊せ!自由にやれ!」なのだから。その精神さえあればいいのだ。

 

それこそがアニメ監督出崎統が目指したものだからだ。

 

参考

完全解析! 出崎統 アニメ「あしたのジョー」をつくった男

 


劇場版 Air 第二段 北海道放送編

 

 

  

  

 

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