えいざつき ~元映画ブログだったポエマーの戯言~

批評というよりも、それで思い出した事を書きます。そして妄想が暴走してポエムになります。

ブルークリスマス

お題「ゆっくり見たい映画」

ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]

 

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www.imdb.com

 

 一九七八年二月、京都国際科学者会議において、UFO及び宇宙人の存在の有無について演説した兵藤教授は、数名の外国人に連れ去られた。国防庁参謀本部の沖と原田は沢木のひきいるUFOとその目撃者に対処するための特殊部隊に転属された。沖は理髪店に勤める西田冴子にひかれていた。日本国営放送(JBC)の南一矢は、五代報道局長の命をうけて、兵藤教授の失跡事件の調査をはじめた。新人女優、高松夕子は、JBCの大型ドラマのヒロインに抜てきされ、幸福の絶頂にあった。一方、夕子の恋人、週刊誌記者、木所は友人の南に「夕子の血が青い」と相談するが、南は一笑にふす。世界各地でUFO目撃の情報が飛びかい、同時に、UFOを見た人間の血が青くなるとの噂が広まった。その頃、ロックバンドが来日、その歓迎パーティに出席した夕子は麻薬不法所持のぬれぎぬをきせられ、逮捕される。ドラマをおろされた夕子をなぐさめに行った木所は、夕子の顔が異様な青色に変色しており、木所は恐怖に部屋をとび出した。夕子は木所の気持を知って、自ら命を断つ。ニューヨークで兵藤博士との密会に成功した南は、博士の語る秘密--世界各国の首脳は、青い血の人間はもはや人間ではなく、人類の敵であるという噂を故意に流している--に息をのむ。

映画.comより引用。

 

映画とはポエムです!ポエムとは映画でもあります。それでは大いにポエムちゃいましょう!

 

今日のポエム

監督と脚本家

 

 

今回はネタバレスレスレの回顧解説モード。

 

夏なのにクリスマスか!(セルフツッコミ)

 

久しぶりに観直した本作。きっかけはtwitterにこのツーショットを目にしたからだった。

 

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ブルークリスマス

岸田森天本英世

 

この二人はズルイ。

 

でも急に観たくなったでしちゃった。

 

この二人については検索してね。(丸投げ)

 

さて、本作は監督の岡本喜八作品でも異色作でもあるし、評価が別れている。公開当時はSFブームでもあり、そして東宝制作にもかかわらず特撮を使わないSF映画として評判(売込み)だったらしいが、その評価は寓話的SFスリラーとして擁護する者もいれば、安っぽさとトンデモ展開で批判する者もいる2極の状況だ。

 

そしてDVDにあった特典によると世界各地を舞台にした壮大な物語に対してプロデューサーからは予算的に無理だから全部日本で撮ってくれと言われたらしいが、ニューヨークとパリは16ミリカメラと18名スタッフでやる事で海外ロケを敢行、何とか物語の壮大さは担保したという、結構にギリギリのラインで完成させた。

 

そんな撮影したのは『八甲田山』(1977) で名を馳せた木村大作。岡本監督とはすでに『吶喊』(1975)と『姿三四郎』(1977) ですでにコンビは組んではいるが、後々に映画ファンなら誰もが知っている我の強い画づくりを得意とする木村はここではその片鱗はあるとはいえ、さすがにリズムとテンポを大事にするベテラン岡本の前ではしてはいない。だが後の世界中でロケをした『復活の日』(1980) への肩慣らしを本作でしたのかも?

 

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ブルークリスマス

そして、本作の影の功労者ともいえるのは岡本作品と長く付き合っていた編集の黒岩義民。前述したとおり岡本作品の特徴は画を作るよりもリズムとテンポの流れを大事にしている。それをほぼ支えてきたのは黒岩の編集なので、岡本の感覚を熟知している言ってよい。

 

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ブルークリスマス

もう少し詳しく書くと、本来の岡本作品にあるカット繋ぎの気持ち良さよりも本作ではまるで逆の繋ぎをやっているところだ。例えば、空天本英世が立ち上げると次のカットは逆に座るヤツを繋いだりしている。題材からして岡本作品特有のユーモアよりも暗いサスペンスが重視されている中、そのカットの繋ぎの連続でそれをやってのけていると言い切っても良い。特に空港のシーンの不穏な雰囲気はGoodだ。

 

それではお前はコレをどうみているのか?と言えば、もちろんSFポリティカルスリラーなのだが、その根本にあるのは自作の『日本のいちばん長い日』(1967) であり、『肉弾』(1968) であり、『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971) であり、『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』(1979) に共通するモチーフである、権力 (戦争) の理不尽で命を落とす若者だと思っている。

 

とうも岡本監督はそちらの方で撮ろうとした感じなのだ。本作は当時からテレビドラマ『前略、おふくろ様』などで大ヒットを飛ばして勢いのあった脚本家倉本聰のオリジナルなのだが、その彼の感想は「演技がオーバー」であり、その倉本が映画でイメージしていたのは「普通の恋人たちが、恐るべき何かに殺されてしまう」モノだったのに対して違和感を表明しているからだ。

 

つまり倉本聰には強い権力批判はあってもその方向は別にあって、つまりはその当時の主流だったアメリカンニューシネマぽいのをSFでやろうとしていたと見るべきだ。この見立ては本作だと若者に対する描写が多いところや彼の作品歴から見ても、そう的外れでもないだろう。

 

でも、おそらくは岡本の興味はそこにはなくて、権力に奔走され命を失った人々に目を向けている。岡本本人は後半は「メロドラマを撮った」と言っているからだ。それを信じるなら、やはり本作の根底にあるのは戦争なのだと自分は考えている。これも岡本作品から容易に推察できる。

 

岡本喜八1924年生まれ、倉本聰は1934年生まれの約10歳違い。戦争体験者とはいえ、青年と子供の違いでもある。そんな監督と脚本家、同じモノを見ているのにその角度が違うために映画とはまた違うスリルが生まれているともいえる。

 

それで本作が批判されつつも、今でもカルト映画に近い位置にあるおもしろさ。

 

でも、ビートルズローリング・ストーンズを足して2で割ったみたいなザ・ヒューマノイドってバンドはなんかな〜。

 

DVDで鑑賞。

 

参考:季刊 映画宝庫 No9

  

 

  

 

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