ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
元軍人のベンとガンマンのジョーは、反発しあいながらも共同行動。侯爵アンリの仲介により、伯爵夫人マリーの護衛の仕事に就く。マリーは軍隊を雇うためと称して皇帝から300万ドルの金貨を受け取っていたが、実は着服するつもりであり、それを知ったベンとジョーの間で心理的な駆け引きが生じる。
Wikipedieから引用
映画とはポエムです!ポエムとは映画でもあります。それでは大いにポエムちゃいましょう!
今日のポエム
ガンメロドラマ
今回はネタバレ無しの解説モード。
本作はアクション映画の見せ場である決闘場面に新たなる趣向を発明した作品だ。
これを撮った監督のロバート・アルドリッチは娯楽映画に3つの発明をしている
ひとつは、監禁モノのパターンを確立した『何がジェーンに起こったか?』(1692)
ふたつめは、脛に傷を持つ曲者達が集まって困難な何かに挑むパターンを確立した『特攻大作戦』(1967)
そして、三つめが本作。心が通い合うどおしが、しがらみで戦うしかない状況に追い込まれるパターンがコレ。
このパターンは後々のアクション映画で散々使われた。黒澤明だって『用心棒』(1961) と『椿三十郎』(1962) でも使ったくらいなのだから。(画像はImdb)
おそらくアイディアそのものは先行作品があるのかもしれないが。定着したのは本作からで間違いないのだろう。
そして本作はマカロニウェスタンの前哨戦的作品とも云われていて、時代設定が南北戦争以後になっていたり、舞台となるのがメキシコ (とメキシコとアメリカの国境) になっていたり。最大の特色が、清廉でも心優しき悪党 (グッドバットガイ) でもなく、己の欲望を隠さない者共の駆け引きが物語の主軸になっているところだ。
そして、やっぱりガトリング砲
今までの西部劇にノワールの雰囲気でまとめている感じ。
つまり、アンチはいるが正統なヒーローがいない西部劇。その嚆矢が本作。
こんな設定になった主な理由は物語を考えた男どおしの正義と邪悪を描いてきたと云われているボーデン・チェイスの作風らしいからなのだが、個人としてはやはり背景に1940年代後半から1950年代前半にハリウッドに吹き荒れた赤狩りがあるんじゃないかと邪推してしまう。今まで仲間だと思っていた者が次の瞬間には裏切るのだから。そんな妄想をしてしまうのは自然だろ。
そして、あの大勢のメキシコの人々は、どうみても朝鮮戦争での人海戦術を思わせる。
つまり、戦争映画の側面も持っている。ここから時代が西部劇従来のヒーロー造形を子供騙しの設定だと大衆が感づいていた、というよりも飽きていたのは確かだ。
だから本作を、もろ手を挙げて「面白い!」と評価したのはよく分かる。(気がする)
でも、久しぶりに観直すと、確かにとても面白いのだけれども、「こんなにあっさりとしていたのか」と妙な感覚もある。騙し合いもそれほど複雑ではなく、それでもってベンとジョーとの関係は友情と言うよりも兄弟のよう。まるで頭の硬い真面目なベン兄貴と粗暴だけども何故か憎めないジョー弟といった感じ。
そんな雰囲気は、中国なら三国志演義での桃園の誓いで結ばれた義兄弟だし、今風に言うとBROTHER。
そこから見えてくるのは、銃で結ばれた二人の男が銃で別れる。というメロドラマ。
そうでなければ勝者が倒した相手の銃を拾い上げて投げ捨てるなんで場面を入れるはずがないからだ。-- 西部劇のお約束なのでここはネタバレじゃない!
個人としてアレヤコレヤと云ったが、多分、本作でやりたかったのはそんな単純なところだろう。
とにかく (と、強引にまとめに入る) 本作で監督のアルドリッチは自分の撮るべきモチーフを見つけたようで、今まで娯楽作品が真面目にとらなかった、下品な何かに焦点を中てて「花も実もある」存在として描き続けてきた、これが最初でもある。
ちなみにタイトルの『ヴェラクルス』とはメキシコの都市の名前で、つまり「OK牧場」とか「アラモ」とかの西部劇のお約束を抑えている。そして、今回は『ヴェラクルス』で表記したけども本作はどちらかというと『ベラクルス』の方がよく使われているので、そこは気をつけよう。
BDで鑑賞。