ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
観ちゃった。(フ〇ーレン風)
もちろん、ちまたでアレコレと話題が飛んでいたからなのだけども、告白すれば自分はどちらと言えば80年代映画小僧、90年代映画少年なのでそれらに比べればコノ作品に強い思い入れはそんなに無い。だから今回も含めて3回目。
だから、最初の鑑賞時には80・90年代アクションにドップリと浸かっていた時期なので、むしろピンと来なかったのが本心。
でも、歳を重ねてイーストウッド作品をほぼ観ていた頃に再鑑賞したら、やっとピンときてソノ面白さを堪能できた経験を持つ。
内容は、自らをスコルピオと呼ぶ男が人を殺しまくり、それを悪党なら誰でも撃つハリー・キャラハン刑事が殺そうする物語でドラマで超シンプル。
無軌道刑事vs無差別殺人鬼
乱暴な男と無法な男との衝突。
つまり、異なる暴力の対決がドラマの本筋で、犯人を追い詰めて逮捕するという捜査モノとは違うベクトルなのだ。
ぶっちゃけ、西部劇。
英語版Wikipediaによると、原案はハリー・ジュリアン・フィンクとリタ・M・フィンク夫婦で、元々はニューヨーク市警の強硬派警部ハリー・キャラハンが、たとえ法律や警察の常識を回避しなければならないとしても連続殺人犯を止めようとする物語で、犯罪者と警官の区別が曖昧になり、自由で民主的な社会が自らを守るためにどこまでできるかというドラマになっていたらしく、草稿では、キャラハンではなく警察の狙撃手が連続殺人犯を撃つところで終わっていた。
つまり、最初は捜査モノ・警察モノの体は整っていたぽい。
それが、主演を持ちかけられたリベラル支持の俳優であるバート・ランカスターやポール・ニューマンなどが「過激すぎ」「右翼すぎ」と断った最終稿に収まったのはコノ作品撮ったドン・シーゲルの強い意向があったから。
シーゲルは草稿に書かれていた、狙撃手がスコルピオを射殺するシーンを「物語の軸がブレる」と訴えて、スタジオ側が折れて今誰もが知るアノ場面にした。
そのあたりも英語版Wikipediaに書いてある。
また、あるシーンでハリーがバッチを投げるのだが、嫌がるイーストウッドにシーゲルは、「バッジを投げ捨てることはキャラハンが警察の規則や官僚主義の非効率性を捨て去るのだと」主張して通した。ズバリ西部劇のガンマンだ。
これもまた英語版Wikipediaから。
それでは、どうしてシーゲルはハリーとスコルピオとの対決にこだわったのか?西部劇調としては盛り上がるのは確かだが、コノ作品は現代が舞台なのでリアリティがブレるのもまた確かなのだ。
自分の見立ては、シーゲルが無神論者だったから。になる。
無神論とは、文字どおり神の存在を信じていないのであり、天国や地獄の存在も信じていないことになる。
コノ作品でなぞらえれば、殺された者は殺され損だし、スコルピオが死んでも地獄は無いので永遠に苦しまない。
だから、現世で犯した罪は現世でキッチリと形をつける。
そうしたシーゲルの哲学というか思考がココには強く現れている。
それが、現実と呼応した。コノ作品のスコルピオは1969年から74年に起こったゾディアック事件をモデルにしているが、同じ時期1969年に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも題材にされたシャロン・テート殺人事件を含む9件の殺人を指揮したチャールズ・マンソンと実行犯による犯罪があったからだ。実行犯はすぐに逮捕されたが、証拠不十分で釈放、その後新たな証拠が上がってマンソンと実行犯は逮捕されたが、仮釈放されようとなったり、指導者のマンソンは71年4月に死刑を求刑されたが、法の齟齬で実行はされず結局のところ寿命をまっとうした。 -- ちなみにコノ作品の米公開は71年の12月。
余談だが、スコルピオの外見イメージはマンソンだろう。見たらわかる。
そうした当時の大衆のモヤモヤが濃い頃に登場したのが、ミランダ警告を唱えず悪人を殺す刑事なので、それが爽快だったのは想像できる。
こうしてハリー・キャラハンは時代のアイコンとなった。
VODで鑑賞。
監督・製作:ドン・シーゲル
製作総指揮:ロバート・デイリー
原作:リタ・M・フィンク ハリー・ジュリアン・フィンク
脚本:ディーン・リーズナー ジョン・ミリアス リタ・M・フィンク ハリー・ジュリアン・フィンク
撮影:ブルース・サーティーズ
音楽:ラロ・シフリン
映画.comより (画像はimdb)