えいざつき ~元映画ブログだったポエマーの戯言~

批評というよりも、それで思い出した事を書きます。そして妄想が暴走してポエムになります。

映画閑話:宇宙戦争 三種読み直し

ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]

 

今回は3種の宇宙戦争について比べながら語るので内容も核心込みで書きますが、表記としては、ウェルズ原作は原作、パル制作作品はパル版、スピルバーグ監督作品はスピ版とします。

 

宇宙戦争』といえば、SFだけでなく世界文学の名作で、当然のごとく何度も映像化されている。

 

シン・宇宙戦争なんてのもあるし。

 

シン・宇宙戦争

 

出来はワンコインムービーかワゴンセールのレベル!

 

これがまた、新・宇宙戦争とかもあるからややこしい(^-^;。

 

でもだから、それくらいの人気のある作品というよりも、もはやいちジャンル。

 

そんな『宇宙戦争』だから、過去に2回も映画化されたが、映画化話は第二次世界大戦前の1925年からセシル・B・デミルからはじまりエイゼンシュテインヒッチコックという当時としては頭角を見せだしていた監督からあったらしく、やはり当時も斬新な企画だった。

 

そんな映画人を魅了したH・G・ウェルズ原作の内容は、主人公こと妻帯者の「私」が、イギリス(イングランド)のウィンチェスターに落ちてきた謎の物体を物見遊山な気持ちで見物していたら、そこから現れたのは地球の衆目からみたら醜い姿の火星人だった。

 

それを学者と新聞記者等が友好的に接触しようとしたら彼らは人々を殺して攻撃し始めた。それがどうやらそれが攻撃の意図を持っているらしいのを知った「私」は妻を従兄弟の元へ避難はさせたが、理由あってへと元来た向かう道すがら、火星人の兵器の凄まじさに絶望している砲兵や、副牧師と出会いながら、ロンドンに住む弟のエピソードを挟みながらも妻のいる元へと向かう流れになっている。

 

いまだに使われる原作のネタ、「兵器ではなくウィルスが火星人を滅ぼした」とか、火星人が操るウォーマシンというメカが三本脚歩行はこれ以降のジャンルとして定番となった。

 

これは、小説が出版された1898年がイギリスにとってはヴィクトリア朝(1837-1901)後期であり、19世紀後半の世界史に残る産業革命植民地主義における大英帝国絶頂期を過ぎた頃でもあるので、そうした風潮・雰囲気に懐疑的・批判的な視点を向けた原作は文明批評の趣きがあるのは多くの者が指摘するとおり。

 

俗ぽっく言い放てば「おい、大英帝国。お前等、今はブイブイと偉そうにしているが、いつか技術も武力も誰かにとって代わられるし、所詮は生き物なのでウィルスと同等の存在でしかないのさバーカバーカ!」となる。

 

あと、原作としての重要で後の作品群には出てこない設定として、侵略によって信仰が歪められて狂ってしまった牧師が「私」恐怖を与える件はハルマゲドンを含む終末信仰を予感させるし、火星人が撒き散らす毒ガス(みたいなもの)の件辺りは後の第一次世界大戦を暗示してもいる。

 

そんな原作を最初に映画化したのは『月世界征服』(1950)のヒットで頭角を表しはじめていた映画製作者のジョージ・パル

 

George Pal

 

パルはパペトゥーンという人形アニメーションからそのキャリアをはじめたが、当時はそれまで科学考証をガン無視した宇宙SF(米)をリアル寄りにした『月世界征服』が好評価ともなり、その次がコノ作品なので、ここでも荒唐無稽よりもシリアスになっている。

 

とは言え、何しろ公開時が1953年なので、現在とシリアスの軸が違う。パル版 -- 追記しておくとパルはあくまで製作で監督は『月世界征服』のパイロン・パスキン -- 文明批評の件は軍事に重きを置いていて、原作にはない原爆で火星人のウォーマシンを破壊しようと試みるが失敗する。

 

-- 余談だが、パル版でも当初ウォーマシンは原作どおり三本足歩行を試みたが、技術的に難しくあのデザインに落ち着いたそうだ。

 

さらにパル版での主人公は科学者という設定になっていて、その主人公等の研究グループが火星人攻略のヒントを発見するのだが、その成果は暴徒化した群衆に襲われて無駄になるシーンの件は明らかに当時原水爆(核兵器)で極度な緊張関係にあったアメリカとソビエト(現:ロシア)から起きた冷戦ヒステリー、もっと端的に言えば「赤狩り」をイメージしているのは直ぐに分かる。

 

そんなパル版も落とし所はウィルスなのだが、解釈は原作とは違って「傲慢かつ無垢な人間の代わりに火星人を倒したのは神が創った微生物」という改変になった。このどう見ても保守なオチはソノ時の大衆感情にそったものであり、当然これがヒットの一大要素だったからでもある。

 

それあってパル版はヒットしたらしい……らしい、というのは当時の興行収入のデータが曖昧なので。

 

チョイと付け加えておくと、パル版にも牧師が登場するが彼は狂わずに最後を遂げるので、これはラストの解釈と一致する。

 

そんな『宇宙戦争』は52年ぶりにリメイクしたのは、あのスティーブン・スピルバーグ

 

Steven Spielberg

 

スピルバーグのキャリアについては今さら語る必要はないだろう。

 

大きな原作との改変はやはりアメリカ映画なので、パル版と同様に舞台は変更されていて、原作に登場する砲兵と牧師をスピ版ではティム・ロス演じる人物に集約されている。それと、原作にあってパル版では無かったテムズ川で大量の死体が流されてゆく描写を彼らしく、そこで使うか!ソコデ!なシーンもある。それとこれも彼らしい作品アルアルな「仕事は出来るが、どこか大人に成り切れていない成人男性」なキャラが主人公だ。

 

その解釈も前にココでも書いたとおり、スピ版は明らかに2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロと対テロの名目ではじまった2003年3月20日のイラク戦争を念頭において、かなり意識して撮っているのは確か。原作の背景にあった、かつての世界一を誇った大英帝国が、スピ版では現在の覇者であるアメリカ合衆国に置き換わっている。

 

なので、スピ版のラストも当然にウィルスだが、そこの解釈は原作ともパル版とも違い「共生」という言葉が使われているのでソコでも9.11とイラク戦争をし指ているのは確実だ。

 

-- 余談だが、「大阪でトライポット(ウォーマシン)を倒したらしい」件は、今でもカミカゼアタックこと自爆テロを示唆しているのと自分は確信をしている。

 

そして、ここでも俗ぽっく要約すれば「よう、アメリカさん。お前ら確かに史上最大の兵器と軍隊を持っているが、そんなもん誇ったって上には上がいるんだぜバーカバーカ!」となる。

 

とまぁ、そろそろ締めに入るのだが、原作の『宇宙戦争』の本領は宇宙人による侵略ではなく、その侵略によって基盤となっている軍事や信仰が覆され無秩序化されて崩壊してゆく様こそが文明批判なのだと言う事だ。

 

早い話、ゾンビの類型の原点。

 

そして、そのインパクトはソノ時代による世界一の強国でしか通用はしない。

 

だから、次を原作どおりにきちんと映画化した国こそが、ソノ時代における真の強国と見ても良いだろう。

 

‐‐ 最後に愚痴を、本国イギリスBBCで原作の時代設定ヴィクトリア朝を舞台にドラマ化されたので鑑賞してみたら、なんでそーなるの💦原作どおりにできないの!

 

(画像はすべてWikipediaより)

 

 

 

 

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