えいざつき ~元映画ブログだったポエマーの戯言~

批評というよりも、それで思い出した事を書きます。そして妄想が暴走してポエムになります。

晩酌で観た『銀河鉄道999』

ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]

ポスター画像

 

去年4Kリマスター版が劇場公開されてブチ話題になった。

 

でも、自分にはそんな余裕が今は無いので、お家でカウチポテトして再鑑賞。(もちろん愚痴である)

 

内容は、機械の身体と生身の人間とが共にいて機械が生身よりも社会的地位が高い世界で機械伯爵に母を殺された主人公の星野鉄郎は伯爵への復讐を誓いながら機械の身体になるために銀河鉄道999のパスポートを手に入れようとしていた。そこにメーテルという謎めいた美女と出会い乗る事ができた。鉄郎はメーテルと旅をしながら、トチロー、ハーロック、エメラルダスなど様々な人と出会い終着駅でもあるアンドロメダを目指す流れ。

 

コノ作品は、当時の大ヒット作品で、主題歌を歌ったロックバンドゴダイゴ同名タイトルはベストテンに入るくらいに売れて、それまでは好事家くらいしか知られていなかった漫画家松本零士の名を日本中に知らしめ、その年の映画配収No.1をとった作品でもある。

 

そして、『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』の時にも書いたが、アニメブームとファンは松本零士ブームからはじまり、アノ時もっとも大衆に受けた和製SF作品でもある。

 

今回は、どうしてコノ作品が国民的大ヒット作となったのかを自分なりに書いてみたい。

 

さて、ココでの売りは二つあって、ひとつ目は当時まだ連載中だった999のラスト -- らしき -- が描かれていることと、ふたつ目は掲載誌が違う松本作品、999(少年画報社)、ハーロック(秋田書店)、エメラルダス(講談社)などの作品キャラが映画で一堂に会する事で話題を呼んだ。

 

さらに個人的に付け加えると、コノ作品で声のみで登場するドクターバンはどうやらミライザーバン(朝日ソノラマ)からだろう。

 

そうゆう視点から見れば、今でいうユニバースものの走りとも言っても良い。

 

とまぁ、当時としては興行&話題性を掻っさらった作品だが、自分にはどうにも合わずにダメ。

 

だってさー、湿っていぽいんだもの。

 

泣きは苦手なんだよ!(心の叫び)

 

超久しぶりに観なおしたら感情も変わっているかと思いきや……ダメだー!

 

正直、メーテルというキャラがどうして今でも人気があるのかが理解できないの。

 

クレアが可哀想だろうが。(唐突)

 


-- あ、クレアというのはコノ作品内で登場するキャラで人間の身体に戻るため999でアルバイトをして、そして鉄郎に思慕を抱いているが、肝心の鉄郎はそれには気が付かずメーテルばかりに目がゆく展開になってます。

 

ラスボス倒したのは鉄郎じゃねえ!(唐突その2)

 

しかし、コノ作品は何をモチーフにして描かれているのかに着目すれば、どうしてメーテルばかりに目に行きクレアはハブられるのかが見えてくる。

 

コノ作品はいわゆる「母物映画」なのだ。

 

「母物映画」とは、母と子の関係性を重視して展開される物語・ドラマを指し、だから母性がいつも中心にあって父親の存在は無いかあっても稀薄なので父性が入る余地は無い。そんな感じ。

 

なので、メーテルが鉄郎の母に似ているのも冥王星でトチローの母と出会うのも「母物映画」なので当然な流れだし、メーテルに対して思慕を抱くのは、そこに母を感じるためである。

 

そりゃ、クレアはハブられる訳だ。(しつこい)

 

もちろん、コノ作品では母の明るい面だけでなく、暗い側面も描いている。そうメーテルと母との関係だ。しかし他人から見ればいわゆる毒親だが、彼女にとっては断ちがたい関係でもある。

 

そうして、コノ作品では鉄郎が母の元から離れてゆくことを成長のドラマとして描く。

 


「さらば少年の日」。

 

まぁ、そんな松本作品群をひとつのドラマとして巧くまとめたのはアニメよりも実写の方のキャリアがある脚本家石森史郎のおかげだろう……多分。

 

そして世界的SFブームの最中、日本では企画が次々と失敗する状況で当時の日本人好みにサラリと合わせた作りが国民的大ヒットの要因なのは想像に難くない。

 

DVDで鑑賞。

 

監督:りんたろう
原作:松本零士
企画:松本零士 有賀健 高見義雄
構成:松本零士
脚本:石森史郎
製作総指揮:今田智憲
監修:市川崑
作画監督:小松原一男
美術:椋尾篁 窪田忠雄
音楽:青木望
主題歌・挿入歌:ゴダイゴ

(データは映画.comより)

 

 

 

 

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