ここでは題名と名称を恣意的に表記します。(敬称略)


先ごろ謀略小説で一時一世を風靡したフレデリック・フォーサイスが亡くなった、享年85歳。

フォーサイスといえば、暗殺とかナチとか傭兵などの暗躍をまるで見てきたかのようにディテール豊かにリアルに描くスタイルで世間に認められたベストセラー作家だが、政治思想としてはバリバリのタカ派の反左派であり愛国者であり、そして欧州(EU)離脱運動であるブレグジットを支持していた人物でもある。
そんな売れっ子フォーサイスの映像化されている作品もかなりある中で今回は日本では劇場未公開のビデオスルーされたコノ作品を取り上げたのは彼が制作・脚本にも絡んでいるからなので、そこで軽く語ってみたい。
内容は、翌年に移る直前にある高級公務員宅から盗まれた政府の機密文書からはじまり、かつてMI6(英国秘密諜報部)で活動して現在はソ連(現:ロシア)に亡命したスパイ、キム・フィルビー(実在した人物)を中心としたある作戦を創案して、それがKGB(ソ連国家保安委員会)全体を通さず一部のみで動きだす。その計画とは英国に駐留する米軍基地の近くで核爆発起こして英国のNATO(北大西洋条約機構)からの離脱。親ソを成立させるために英国に共産党支持勢力が政権を握る内容だった。
そんなソ連の不穏な動きを察知した別名SSとも呼ばれるMI5(保安局)に所属する主人公のジョン・プレストンはその事を報告するが、プレストンの切れ者ぶりを疎ましく感じていた上司は彼を閑職へと追いやる。その一方で密命を受け英国に侵入したKGB職員のペトロスキーは実行へと着々と進めていた。
これが原作で、映画になると作戦を立案したフィルビーはのっけから殺される。そして、英国のNATO離脱だけで親ソ政権の樹立はない。
物語の背景にあるのは、当時の反核運動の盛り上がりにある。まだ西側(自由主義圏)と東側(社会主義圏)は冷戦状態であり東西ドイツを分断していたベルリンの壁も存在するいわゆる戦争停止状態だったので第三次世界大戦が実感できる雰囲気があり、また有志の自然学者等が核戦争の世界をシミュレーションして話題となった「核の冬」がいったん事が起きれば文明は再興不可能になり人類は滅亡レベルまで陥るのを提示したからだ。
そんな時節に原作は著されている。
もちろん、これも大ヒットベストセラーになったので当然のごとく映画化となった。
ただ、繰り返しになるがフォーサイスの小説といえばリアリティあふれるディテールの書き込みだが、それはやはり文字の小説だからできるのであって映像だとそれらが難しいらしく原作の雰囲気を再現できたのはやはり『ジャッカルの日』(1973)くらいで、あとは面白いのだけど原作とチョット違うな……なところに収まっている。
なので、スケール感でいえばコノ作品も正直こじんまりとしている。このあたりがビデオスルーされたゆえんか?
とはいえ、こじんまりとしながらも見どころはチャンとある。


マイケル・ケインとピアース・ブロスナンの演技がソレになる。
傍から見るとハリー・パーマーとジェームズ・ボンドの共演だが、それは後の話。
この映画化のきっかけとなったのが、フォーサイスの原作に惚れ込んだケインが著者に声をかけて実現した経緯があるので -- だから彼も制作に名がある ーー いわゆる「お仕事」としてでは無く、役者として出演しているので、その演技を見るだけでも飽きないし、こう言ってはなんだが、フォーサイスというよりもパーマーの外伝的趣きさえある。
方や敵対するブロスナンも良い演技をしている。冷徹な工作員をステレオタイプでは無く、性欲に苦悶する演技を巧く演じている。この頃の彼はTVドラマ『探偵レミントン・スティール』のチャラいイメージだったためその脱却を図ろうとしている節があって、それ故に正反対の厳つい役をチョイスしているのでソノせいもあるのかもしれない。
だから、ケインとブロスナン二人の演技を見るだけでも飽きないし満足感はある。
と、まぁ。「良かった、悪かった」の二択なら「良かった」を選択するが、実は個人的には喉に小骨が引っかかるくらいの違和感もある。
何故なら、ここでの核爆発は水素爆弾ではなくて原子爆弾だからだ。
『オッペンハイマー』(2023)でも書いたが、現在の核兵器の基礎技術となっているのは爆縮型なので原作&映画の核爆弾は公開当時、現在でも配備されている核兵器とは別物。
しかし、コノ作品で登場する核爆弾はどう見てもガンバレル型の原子爆弾。原作も映画もそうで、だから爆発しても米軍基地の核爆発とは違う。
早い話が、この工作はすぐにばれるw
リアリティが売り物だったフォーサイス作品らしからぬ失態……なのだけれども、もしかしていったん事を起こせば一気呵成で終えるのが可能なのかもとも考えたりもする。なんせ原作ではチェスの名人も計画立案者の一人にいるし先手必勝のノリでいけるじゃないかと。
このあたりが、今でもモヤモヤします。
唐突だが、今回は角川ではなくフジテレビ出版の『ハイディング・プレイス』の話はなかったことにしました。だってあれは小説というよりプロットだけだもの。

