ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]

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予想していた以上にSFだった。
とはいえ、自分のような感性だと薄味なのだが、是枝作品なら本作はSF色が濃いのは確か。
内容は、AIやロボットが日常にある未来で、数年前ある事件で息子を失った夫婦が、キャンペーンで息子とそっくりのロボット(劇中ではヒューマノイド)と一緒に住みはじめた事をきっかけに夫婦がその交流をとおして一種のカウンセリングのような体験を経て、やがてヒューマノイド達の「ある行動」に協力するといった流れ。
結論からいえば、いつもの是枝監督作品なのだが、いつもの演出スタイルと内容に齟齬を感じ、だから人によっては評価が変わるのだろうが、自分はそこに不安や緊張を感じてソコソコに楽しめた。
不安や緊張、といえば。本作のヒューマノイドは本来企業の所有物で商品としては希少物で再利用が必要なのに管理が杜撰なところがあって現実的ではないのだが、例えば企業の某エンジニアがどう見てもヒューマノイドなのに「僕は違いますよ」みたいな台詞を喋らせ、あまつさえどう見ても企業側には不利な行為をする件は、伝えたい事をスッキリさせるためなのだろうが、リアルからは逸脱しすぎて逆に目立っていた。
それでは、伝えたい事、とは何かと言えば、モウこれは喪失感と向き合い、どう浄化させてゆくのか?が根底で核心でドラマだ。
身内を亡くなった経験から言えば、ソレは今まで日常だったのがいきなり非日常となる現実であり、その対処はおそらく大体が「時間が解決」するのだろうが、これは時間がたてば、非日常もやがては日常となる。という現実でもある。
それに対して本作では、いきなり非日常に叩き込まれた夫婦にヒューマノイドという非日常を合わせる事で状況と感情が変化してゆく。
そうゆう視点から見れば、本作の前半は前述したカウンセリングとセラピーの様相になっている。
そして、本作が独創的なのは、夫婦とヒューマノイド(等)は日常ではなく非日常で結ばれた関係となるのだ。
非日常なので、余人には理解できない行動原理と様式が形成されてクライマックスからラストへと流れる。
なので、薄味だが、本作はSF作品。
もっとも、「血ではない、見えない絆」というものは是枝作品ではコレマデモさり気なくだがアプローチはしていたが、本作は木を中心としたネットワークらしきモノをモチーフにすることで、それまでの作品等と比べてより具現化された形となった。



されたのだけども、それがスピリチュアルの領域に入りかけ、あるいは入っていると感じる者もいるだろう。

どちらにせよ是枝作品ではいちばん通俗的なのにヘンの度合いが強いという妙な作品となっている。
劇場で鑑賞。
監督・原案・脚本・編集:是枝裕和
製作:若松央樹 依田巽 市川南 田中優策
プロデューサー:松崎薫 伴瀬萌
共同プロデューサー:小竹里美
撮影:近藤龍人
照明:尾下栄治
録音:冨田和彦
美術:岡田拓也
装飾:浜崎はるみ
衣装デザイン:伊藤佐智子
ヘアメイク:酒井夢月
ヒューマノイドデザイン統括:田島光二
特殊メイク・造型:梅沢壮一
音楽:坂東祐大
助監督:久保朝洋
VFXスーパーバイザー:白石哲也
スクリプター:佐山優佳
制作担当:後藤一郎
ラインプロデューサー:松下博昭
アソシエイトプロデューサー:田口聖 玉井宏昌
(データと画像は映画.com)

