ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
大学で哲学を教える小鳥遊雄司(長谷川博己)は水に顔をつけるのも怖いほどのカナヅチだった。あれこれ理屈をこねては水を避けてきた彼は、プールの受付で薄原静香(綾瀬はるか)に強引に入会を勧められ、水泳教室に通い始める。コーチの静香に毎日泳ぎを習いにくる主婦たちに混じって練習する中で、雄司は過去のさまざまな出来事を振り返る。
シネマトゥデイより引用
今回はネタバレスレスレの誉め解説モード
注意:今回は核心に迫るネタバレは避けていますが、純粋に楽しみたい方には読まないことをお勧めします。
アルタード・ステーツかよ!
『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』(1980) とは、南米で手に入れた特殊な薬物とアイソレーション・タンクを使って人類の進化の根源を探ろうとする主人公が退化してゆく物語だ。
-- ちなみにアイソレーション・タンクとは高濃度の硫酸マグネシウムの溶液に満たされたタンク人が中に入る事で外界からの感覚を切断して深いリラクゼーションを得ることができるので心理療法や代替療法なのに使用されている。瞑想タンクとも言われている。
何言ってお前は?とは聞くな。自分でも何を言っているのか分からないからな。とにかく『アルタード…』を觀なさい。ちなみに監督はケン・ラッセル。(これで察せよ)
いきなりぶっ飛んだが、本作が、長谷川博己演じる大学教授が、表面上は泳げないから泳げるようになる物語を描いている。と思わせて、実はある過去で記憶障害に陥っている彼が水泳を通してその記憶が甦り、それとどのように向き合い、それをどう決着してゆくかのドラマになっているからだ。
だから、ここでの水泳とはアイソレーション・タンクを使っての瞑想そのものだ。それを本作で「羊水」、「禅」、「三次元での中央線」などのワードを所々に散りばめて瞑想をイメージするように持っていっているし、そして、泳ぐ、こと瞑想の瞬間に現れるのはアザラシなのだから。
どう見たってアルター…… (以下省略)
キュー (とりあえず泣いてみた)
もちろん瞑想なので、それを導くメンター・師匠と呼ぶべき存在もいる。
綾瀬はるか演じる水泳のコーチだ。
そしてもちろん、教授はコーチの弟子だ。
本作の見所は水泳のコーチという立場の師匠が、大学教授の弟子を新たなステージへと導く仕掛けになっているのだ。
もちろん、本作は現代を舞台にしているから、コーチが教授を何とか泳げるようにしようとする理由付けはある。しかし、それはあくまでも現代人こと自分等観客を「はぁ?」と置いてけぼりにしない配慮であって、本質は師匠と弟子だ。
師匠なので、コーチは傍から見て奇怪な行動をする。しかし、それは師匠だから当然の行為だ。古今東西フィクションで描かれる師匠はヘンに決まっているからだ。ヒント:笠
どうしてそこまで断言できるのかと言えば、師匠ことコーチが教授こと弟子を導こうとする描写があるからだ。『スターウォーズ/帝国の逆襲』でいうところの戦闘機を持ち上げるスゴイ力を発揮するシーンと同じことが本作でも起こる。ヒント:水族館
なので、コーチが女性だからといって母性で慰めるわけでもなく、教授の心のケアをしているわけでもない。教授はコーチの導きによって自らの意思によって立ち上がる。
しかし、弱点もある。娯楽として省略したのだろうが、コーチ以外の教授をとりまく人間たちが紋切型の設定だったり、泳げない教授の背景が冒頭でアッサリと語られて濃密さがちょいと足りない。このあたりは脚本でもう少しできたかも。
-- おそらくは、どこか浮世離れした綾瀬と内にこもる演技が巧い長谷川のふたりを最初からイメージして脚本を書いたのではないだろうか?それで押し通そうとした。そう妄想ができるほど本作の二人はピッタリとハマっていた。
粗削りだ。でも……
今年ベスト候補!
アザラシと水族館にやられたから許す。
劇場で鑑賞。