ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
九州のある炭鉱で突然、出水事件が起った。技師の河村繁が現場に急行、そこに由造という鉱夫の死体を発見した。警察が捜査に乗出したが、由造と一緒に入坑して姿を見せぬ五郎が犯人と目された。ところが捜査に入坑した警官が更に惨殺された。その晩、ボタ山附近から巨大な怪獣が鋏を振りあげ警官隊に迫ってきた。拳銃を射っても手応えがなく怪獣は坑内に逃込んだ。繁は機関銃を構えた警官と坑内に入ると、そこに五郎を鋏で押えつける怪獣がいた。
映画.comより引用
ネタバレなしの懐かし自己満足解説モード
午前十時の映画祭で『空の大怪獣ラドン』をやってたら、『アバター2』よりもコッチでしょうよ。(いきなり開き直り)
なんせ、アバター一回で2回観られる上映時間なんだから。(開き直りのトリビア?)
さて、そうは言ったものの、のっけから批判というか愚痴というかとまどいみたいなのを書いておくと、今回上映されたラドンは4Kデジタルリマスターされたやつで退色していたフィルムを公開当時の鮮やかな色を再現したらしいが……
肌が赤い。
肌色が赤っぽくって、チョイとツライ。
どうやら、自分には発色があざやかすぎるようだ。
本作はイーストマンコダック社のフィルムを使っての撮影だが、去年の午前十時の映画祭でやった『モスラ』(1961) の頃の色は落ち着いていたので、これはスタッフがはじめてのコダックカラーを使い倦ねている。というか、悪戦苦闘、四苦八苦していると考えるしかない。
それとは別に理由があるとしたら、本作の舞台が九州だというところか。
公開された時期は一般人の海外旅行はまだ強力に制限されていた時期でもあるので、そしてその代わりに日本国内に存在するなんちゃって南国感を味わう地域が九州だったので、その「海外旅行の気分」の雰囲気を映画でも味わってもらうために、ねらって南国をイメージさせるために発色をあざやかにしたのかもしれないが……
ツイラわぁ……。
そして、鑑賞の環境がモニター画面ではなく、映写形式なのにも影響があるのかも。今までそんなことには気にもしなかったので。
-- そして、本質的問題として当時のコダックカラーそのものが日本人の美意識からズレがあるのかもしれない。コレを基準にしたら、黒澤明はカラーよりもモノクロを堅持し、市川崑はカラーフィルムの銀残しでやろうとしたり、小津安二郎はコダックではなくドイツのアグファカラーを選択する気持ちになるのは当然なのかもしれない。
とまぁ、観終わった後にそんな妄想が駆け巡りました。
内容?ワッチが東宝特撮の悪口を言うはずがありんすか。(何故か花魁言葉)
面白かったよ。変わらずにな!
でもまぁ、それだけでは味気ないので、もうチョイとその背景を語ると。さっき九州を「なんちゃって南国」とか書いてしまったが、1950年の朝鮮戦争の余波から起こった1954年の神武景気からの高度経済成長への加速は、まだつきはじめたばかりで、当然に当時は鉄道も道路も成長過程にあって、本土からみたら、そこはまだ「見世物となれる遠い」場所だったし、石油に代わる前の経済成長のエネルギー源だった石炭を日本で一番に算出する(筑豊炭田)ところでもあったがために、その二つのイメージを合体して阿蘇山に炭鉱区を置くという映画ならではのウソをつくことができた。
九州にスペクターの秘密基地があるみたいなモンです。
阿蘇は子供の頃にはだまされましたなぁ。(遠い目)
東宝特撮で戦後史を語る自分💦
金くれるなら、昭和ガメラで戦後保守でも語ったるわい。(意味不明な売り込み)
締めが我ながら酷い。
劇場で鑑賞。