ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略][訂正有]
実際に起こった誘拐事件の映画化。1973年、イタリア・ローマで誘拐された17歳のポールは石油で巨万の富を得た実業家ジャン・ポール・ゲティの孫だった。母親のゲイルのもとに誘拐犯から1700万ドルという巨額の身代金を要求する電話がかかってくる。しかし、稀代の大富豪であるゲティは同時に恐るべき守銭奴でもあったがために身代金の支払いを拒否する。かくしてゲイルは母として誘拐犯だけではなく、祖父とも交渉に対峙せざる得なくなるが……。
リドニー・スコット監督は『デュエリスト/決闘者』から「理不尽に巻き込まれる者」のドラマを描いてきた監督だ。それ自体はドラマではよくある手法だが、大体が者、つまり人物に力を入れるのに対してスコット監督が力を入れるのは「理不尽」をどのように魅力的に描くかだ。『デュエリスト/決闘者』の決闘者。『エイリアン』の異星人。『ブラック・レイン』の日本。『ブラックホーク・ダウン』のソマリア等々、理不尽が魅力的であればあるほどスコット監督の作品は輝く。
今回の理不尽はもちろんジャン・ポール・ゲティだ。大富豪でありながら守銭奴という設定。自分で洗濯をするならまだ単なる変わり者だが、自宅に公衆電話を置く、なんてもはやギャグとしか思えない徹底ぶり。ここから、この映画の見所は不安を煽るサスペンスやゾッとさせるスリラーではなく、この守銭奴をどうやってギャフン!と云わせるかがメインのドラマだと何となく分かってくる。本来なら喜劇になるはずのドラマをもの凄く生真面目に描いているのがこの映画だ。端的にいえば教訓劇だ。
ここでいう教訓劇は文字通り啓蒙と道徳の大切さを訴える劇であり、この映画に当てはめると「強欲に囚われると自らが足をすくわれる」だろう。実にシンプルだ。サポートして描かれるのはゲイルの息子・ポールを誘拐したある男だ。理屈なら誘拐事件で被害者が犯人に好意を抱く感情であるストックホルム症候群 と対極にあるリマ症候群なのだが、教訓劇の見方からすれば「人は必ずしも欲・損得で行動する訳ではない」と訴えているのは明らかだからだ。それくらいあの男の存在は印象に残る。
しかも今回はセクシャルハラスメントで降板したケビン・スペイシーの代わりにクリストファー・プラマーがゲティを演じているために貫禄ならぬ「ゴッド感」が増して母親ゲイルが神話の神と戦っている感覚がスコット監督独特のビジュアルと相まって収まっており、不思議な豊かさがある。怪我の功名という奴なのだろう。
もっとも、それで感情のもって行き方が微妙になっているところがある。ハッキリと分かるのが、最後にゲティがどうして絵画を買い集めているのか?の本当の理由らしきものが示されるのだが、「ゴッド感」のあるプラマーだとそれが、どうみても付け足した感がしてしまう。ゲティ像にディケンズの小説『クリスマス・キャロル』とオーソン・ウエルズ監督『市民ケーン』のキャラがイメージにあるらしいのでスペイシーが演じていたらそれにはピッタリとはまった気はする。ここは変更した方が良かったのかも。
もうちょとだけ突っ込むとチェイス役のマーク・ウォールバーグの「お前はどうして出演しているの?」感も困ってしまう。プラマーの「ゴッド感」に完全に負けているのだ。これもスペイシーならバランスが取れていたのかもしれない。
とはいえ充分に「秀作」レベルなので、自分は満足しました。「神に勝つ話」面白いじゃないですか!
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