ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
中国のSF作家劉慈欣(リュウ・ジキン)の短編『さまよえる地球』の映画化。太陽の異変がはじまり100年後に地球は滅亡することが判明した。国際社会はこの危機を回避するために連合政府を樹立。一万基の推進装置地球エンジンを製造。一番に近い太陽型星系に地球ごと移動する計画を実行して20年がたった。巨大な宇宙船と化した地球は地表は氷河期のように凍り人々は地下都市で生活する。やがて速度を上げるために近づいた木星との接触するタイミングを外して地球が破壊する危機に陥る。Netflix配信
中国発の本格SF映画『流浪地球』。自分もかなり前からウオッチしていたし、ジャッキー・チェンの『ポリス・ストーリー REBORN』の感想にチョット入れたりして、それなりに期待はしていたのだが、現実としてはハリウッド映画ではないため日本上映はアジア映画を多く扱う配給会社TWINが取り扱ってくれるのを待つしかなく、それでも話題作ではあるので「年末までには観れるかな」とおぼろげな期待もしておいていたのだが、なんと『流転の地球』の邦題としてNetflixから配信。中国本土公開から三ヵ月後に観られるのは、嬉しいといえば嬉しいのだけれども、観終わってしまうと「映画館で観たかったなコレ」という気持ちもフツフツと湧くのも確か。
それは後述するとして、まずはこの映画の弁護のためにいっておくと「地球を4.5光年先まで移動」なんて設定を聞くとトンデモ設定だと思われるかもしれないが、移動する惑星なんてアイディアは映画でも『地球最後の日』や、これで一時、ネットで引き合いに出された日本の『妖星ゴラス』などがすぐに思い出される。しかし、それよりもリュウ・ジキンは奇想よりも本格SFよりの作家らしいので、この原点は移動するダイソン球(太陽の周りに人工居住地を置く超巨大な球体)を描いたSF作家ラリー・ニーヴンの小説『リングワールド』であり、その変種として見るのが妥当かもしれない。なにしろ原作は語り口よりアイディア勝負の短編であり、だから短編らしい一発勝負アイディアを長編映画として仕立てたところは、同じく一発勝負のアイディアを中編を映画化した半村良の『戦国自衛隊』に近いところがある。
そして、この映画スケールがデカすぎて設定にツッコミどころが多いと思われがちだけれども、自分としては最新宇宙論を基にしたモノよりも、もっと地道なニュートン力学の視点のみでほぼ描かれているので、押さえておくリアリティポイントは「初速に太陽系脱出速度を出すこと」と「大気を維持して移動」の二つだけなのだ。
まずは、「初速に…」の部分に説明を加えると位置エネルギーを振り切る運動エネルギーのことを云っているのだが、雑に云えば太陽系脱出速度とはロケットが太陽の引力を振り切って別の星系に行ける速度が出せるかどうかを示すものだ。さらに雑に加えれば地球の衛星軌道を回るのが第一宇宙速度、地球の引力を振り切って太陽系内の惑星に行くのが第二宇宙速度(地球脱出速度)、そして太陽系脱出速度こと第三宇宙速度だ。通常なら秒速42.1キロメートルなのだが、地球の公転を使えば砲丸投げの要領でさらに減らして秒速12.3キロメートルまでもってゆけるのだが、実はロケット噴射の燃料は今の(技術的予測)では化学・核分裂・核融合・反物質の4つの燃料候補のしかなく、そこから太陽系脱出速度以上の初速を得るなら核融合燃料による秒速26800キロメートルしかない。化学燃料では足りないし、(ちなみに宇宙探査機などが太陽系を飛び出すことができるのは木星などの惑星の引力を使って速度を上げるスイングバイを行っているからで、この映画でも木星が設定されているのは地球をスイングバイさせるからそうなる)核分裂燃料では地球環境に悪影響を及ぼすので無理だ。もう一つの候補である反物質燃料は現在では大量生成の目途もない状況なので、結果として燃料は水素つまりは水の核融合燃料しかない。これで太陽系脱出速度に達する。
次は「大気を維持して移動」だが、少なくとも加速度は1G (9.8)以上でないことは確かだ。なぜならそれをすると大気が吹き飛ぶからだ。地球環境を丸ごと移動するのなら1G以下なのは最低条件だ。しかも到達予想が2500年後なので0.1以下の可能性が高い。これは、この映画で描かれている地球エンジンの推力(この映画だと地球を押し出す力)と地球の質量で計算してみるしかない。
推力は一基150万トンのエンジンが一万基なので合計は1.5百兆トン
(150000000000000) を、
地球の質量およそ60垓トン
(5973600000000000000000) で、
加速度=推力/地球の質量の計算式で出してみると……
加速度およそ2.5マイナス12乗G
(2.5110486139011651265568501406187e-8)って全然想像がつかない!
亀の歩み以下なのは理解できる。最初は移動していることすら実感できないだろう。だとしたらクライマックスでのアレやコレやは映画を面白くみせるためのウソなのかも?こうなると、いちSF映画ファンとして感じるのは。これ宇宙船でも単なる恒星間宇宙船ではなく、いくたびかの世代を経て目的地に到達する世代間宇宙船のイメージに近い、というよりもそのまんまだ。シリーズ化どころかスピンオフもいくつもできるし、するつもりだろうなぁ。
ーー 余談だけども、ここで速度と加速の違いを雑に説明しておくと。AからBへと移動するさいの物理量(ここでは単純に数字的な結果と考えても良い)の記述としては以下になる。
速度=距離/時間
加速度=速度(最終速度)ー速度(初回速度)/時間✖(メートル/(毎秒の二乗))
注釈:速度、加速度は等速直線運動の記述。
になる。つまり速度とはAからBへと移動した物理量(計算結果)であり、加速度とは、速度の変化を物理量として表したものだ。と言ってもピンとこないだろうから、擬音でそれをやると、速度がスススィ――トになり、加速度だとグングングーーンとなる。そして1G以下で太陽系脱出速度を出すイメージは平坦な道を走っていたのにハンドルを操作して坂道へと移動する感じか。坂道なら加速をせずに速度を上げることができるからだ --
自分としてコノ映画でのツッコミどころは、移動する地球ではなくて推進器として使われる地球エンジンの構造だ。前述したとおり燃料は水なので、地球そのものが燃料タンクといってもよいからソレは判るが、問題は具体的な推進方法だ。噴射口で核爆発させるパルス推進ではないのは当然だから、クライマックスでのアレを入れると核融合プラズマらしいのは想像がつく、のだが、この辺はモヤモヤしてピンとこない。この手のお約束の天才科学者(ここではエンジニア)が登場して危機を解決してしまうところも含めてだ。
それじゃそこらは、すべて「細けぃことは」無視ってことで忘れて、単純にドラマの感想に移ると同じジャンルで比べてみれば……
ディープ・インパクト ↔ 流転の地球 → アルマゲドン って、いったところか。
『ディープ・インパクト』のウェットな部分が好きなら『流転の地球』は気に入るが、アルマゲドンの盛り上がりと感動を期待すると物足りなくなるかもしれない。ぐらいの位置にある。あとジョン・アミエル監督『ザ・コア』も破天荒さが好きなら気に入るだろう。自分は『ディープ・インパクト』のウエットさと『ザ・コア』の破天荒なバカバカしさも好きなので『流転の地球』もOK! OK!だ。
ここで「映画館で観たかったなコレ」の部分に入るが、この映画、大予算のいわゆるブロックバスター映画だけあって『インデペンデンス・デイ』に匹敵するかもしれない画が表れるのだが、それを堪能するには映画館の大画面で楽しむしかないというのが何とも残念至極……。
特に良い締めも見つからないのでこのまま終わります。