ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
韓国で実際に起きた光州事件を題材にした映画。1980年5月、韓国の首都ソウルで働く腕の良いタクシー運転手であるキム・マンソプは娘と金にしか興味を持たない男だ。サウジアラビアで出稼ぎをしていた苦労もあってか街中で民主化デモをする学生達を仕事の邪魔者として感じていた。ある日。食堂で同業者の「外国人を乗せて光州まで行ったら大金が貰える」の話を聞いて、そいつから仕事を奪い外国人(実はジャーナリスト)を光州まで連れてゆく。道中は厳しかったが、何とかして光州に入ったマンソプ等がそこで見たのは軍隊が学生と市民を弾圧していた光景だった。
職業軍人から軍事クーデターで大統領となった朴正煕(パク・チョンヒ)の功績とよばれるのが1960年から行った経済政策が日本からの資金と技術援助で社会インフラを構築して最貧国から脱した漢江の奇跡だ。ベトナム戦争の追い風もあったが、これが、現代の韓国を形作ったのは間違いない。その発展の影で権力を守るために反対する勢力を強権的に弾圧もしている。阪本順治監督『KT』が題材にした日本での政治家拉致事件で知られている金大中事件はその一例だ。
その朴正煕は1979年に側近によって暗殺された。これによって韓国が民主化されるかに思われたが、彼を支持していた将校の全斗煥(チョン・ドゥファン)等によるクーデターで民主化運動はまだ弾圧されづつける。その政権で起きたのが映画で舞台となっている光州事件だ。
らしくもない書き出しは韓国現代史を題材にした社会派映画だと予想して -- チャン・フン監督は『高地戦』は知っていたから凄惨なシーンと何かを超えた絆らしきモノ、くらいは思っていた。-- いたからだが、観終わった感触はストレートに人情モノだったから。かなりヒューマニズムによっているのだ。光州市民(一部だが)良い人キャラが強く印象づけられているし、弾圧する軍人は類型な悪人(ちょびっと例外は有る)として印象づけられている。そんな人々の交流を通して変わってゆくマンソプを娯楽としてやっている。簡単にいうとベタだ。だから、光州事件を知らなくても後半で「ありえない」シーンが繰り広げられるので物語としては破綻スレスレの展開となっているがドラマはかろうじて維持されている。
さらにソン・ガンホ演じるキム・マンソプがタクシー運転手という設定のせいか、やたらと喋る。状況を喋るならまだしも、心境まで喋るから、下手をすると白ける可能性があるのだが、これもソン・ガンホと共演者達の掛け合いの妙でノイズにならずにスラスラと観続けられてる、観続けられるのだが、個人的には心境を喋るのは説明台詞と考えているので感想としては高くない方になる。
なるのだが、これが韓国で大ヒットのは「家族の幸せのために金を稼ぐ」という漢江の奇跡以降で生きていた市民の最大公約数な姿をマンソプを通して描いたからではないのか?と考えてしまうことと、そして経済発展で失ってしまった人情を光州の人々を通して描いたからなのでは?という気持ちだ。ただの思い込みなのは分かっている。
だとしたら、韓国の人々にとって光州事件とは、まだ客観的な判断ができない事柄なのかも知れない。もちろんこれも思い込みだ。
最初にマンソプが運転するソウル市内は1980年の昼だが、最後に現れるのは現代のソウルであり夜景であるのは象徴的でもある。1980年は軍事政権下で夜間外出が禁止されていた時代から、その光景が朝まで続く現代に、ある種の感慨を感じている人もいるのかも。そんな、映画とは直接には関係がない感想でした。
2017年韓国No.1大ヒット!『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』 本予告