ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略][誤字修正]
1976年に高倉健主演で映画化され中国の公開でもヒットした西村寿行の小説『君よ憤怒の河を渉れ』のリメイク。天神製薬の顧問弁護士を務めるドゥ・チウはパーティーの翌朝、ベッドの傍らに死体となっている社長秘書の田中希子に驚愕する。彼女の死に大きな陰謀が絡んでいると知ったドゥ・チウはその場から逃亡。無実の罪で追われる身となった。彼を追うのは敏腕の刑事である矢村聡。そして矢村はドゥ・チウを追っているうちに彼が無実である事を確信してゆく。
水上のシーンは『フェイス/オフ』を思い出したり、バイクのシーンは『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』、『ハード・ターゲット』を思い出したりするアクションで個人的には思い出補正というのがあるのかも知れないが楽しんだのは確か。特に日本ロケのチェイスシーンでアクションがバッチリと決まったのは『香港発活劇エクスプレス 大福星』や『いつかギラギラする日』と並ぶ。
そして、さらに個人的な思い入れを込みで書くと、顔見せ程度だと思っていたあの人が、思っていた以上に大暴れをしてくれたこと。など、これだけで充分に楽しめた。
脇役で印象に残ったのは殺し屋レインの相棒ドーンを演じたアンジェルス・ウーが女性陣では殊更に光っていて。男性陣だと今やアジアの渡辺謙の立ち位置 -- とういよりも早川雪舟 -- になりつつある池内博之のボンクラ演技が良かった。
クライマックスまでゆくと「どこの修羅の国だよ!」と突っ込みたくなる舞台設定だが、ジョン・ウー監督にそんなリアリティは自分は求めていないし、同じ大阪を舞台にした『ブラック・レイン』も微妙だったし、それよりも、忍者が新幹線で大虐殺の『ハンテッド』を身銭を使って観ていたり、あまつさえサントラも買った自分から言えば、この映画はまだそこまでの境地にまでは達していないのも確かだ。(苦笑)
ドラマの側面からみれば、一見、逃亡劇に思えるこの映画。実は魂の絆をもったどうしのバディ映画ではないのかと自分は見ている。最初の方で二人の殺し屋が息の合った動きで殺しを見せていおいて後のドゥ・チウと矢村聡が最初に絡むシーンはシリアスな追跡というよりも、まるでアニメ『トムとジェリー』のような「仲良くケンカしな」な感じで二人の間に目には見えない絆を印象づけ、中盤のアクションになると完全にシンクロしたドゥ・チウと矢村聡の活躍をすることで「これは二人の男が陰謀を暴くドラマ」として確認する描写をしている。もう少し突っ込んで書くと、ドゥ・チウと矢村聡、それと対比するようにレインとドーン、そして、天神製薬の社長の酒井義廣と宏のそれぞれの絆を描いている。これがドラマからみた『マンハント』だ。
好意的なターンから転じてここからは批判のターンに入ると。上記の事柄を考慮に入れても、この映画は娯楽としては上手く行ってはいない。舞台や物語がハチャメチャなところではなくてかつてのウー監督にはあった全体を貫くスタイルに基づいたトーンがこの映画には無い、感じられないのだ。演歌の雰囲気とハイテクのきらびやかさが何の咀嚼もなく放り込まれて描かれるのでどこかチグハグな感が拭い切れない。だからスタイルが最初から決まっているアクションシーンはそれほどでもないが、それ以外のシーンだとガタガタに見えてしまい魅力が減っているのが素人でもまる分かりなのだ。冒頭の『君よ憤怒の河を渉れ』と共に同じ主演作『網走番外地』での手錠のアレを思い出させるくらいに高倉健が好きならば最新テクノロジー(?)は表に出さずにして徹底的に「昭和レトロな日本」の雰囲気で押し通すべきだったのではないか?先述した『フェイス/オフ』はSFの設定ではあったものの全体としてはノワールの雰囲気があったのに『マンハント』にはそれが感じられない。
そして意外な発見だったのはこの映画のいわゆるラスボスを演じた、あの俳優にかつての三國連太郎や岡田英次なら醸し出せたであろう貫禄が感じられないところだ。実写版『進撃の巨人』では演出や構成のせいだと思っていたが、この俳優の本質の部分だとは考えてもいなかったので驚いた。だから、作品全体の重みが無く、どちらかといえば軽い。
だからまとめのとしては『ブラック・レイン』と『ハンテッド』の真ん中に位置するのが『マンハント』の率直な感覚になる。何かあと一押しあれば良かったのに。