ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
若手CM監督のトビーはスペインの田舎での撮影で苦慮していたが、謎めいた男からDVDを渡される。それは彼が10年前の学生時代に監督した『ドン・キホーテを殺した男』だった。舞台となった村が近くにあることを思い出したトビーは、現地を訪れるが、村の人々はトビーの映画のせいですっかり変わり果てていた。かつてドン・キホーテ役として採用した靴職人の老人ハビエルは自分を本物の騎士だと信じ込んでいて、トビーを忠実な従者サンチョだと思いトビーを無理やり連れ出し、冒険の旅へ出るのだが……。
テリー・ギリアム監督
注意:できる限り内容への言及は避けますが、抵触しそうな可能性もあるので、純粋にこの映画を楽しみたい方には、ご遠慮くださるようお願いします。あと空白の部分は反転してお読み下さい。
◆はじめに
この映画、今年ベスト候補なのは確かなのだが、これを観て「おもしろくない」とか「退屈」だとか「意味が分からない」とかいわれても当然だろう。実は自分も観終わったあとに物悲しい気分になったからだ。
このドラマは物悲しい。フィクションで「泣きたい」気分になりたい人にも不向きな映画だ。これはどうみても『未来世紀ブラジル』、『ゼロの未来』をへてギリアム監督が思い描くディストピア社会の総決算であり、しかも舞台は未来ではくて現代だ。そしてそこに描かれるのは陰鬱だ。
◆消費される夢物語
主に描かれるのは娯楽として消費される夢物語だ。主人公のトビーはCM監督というキャッチャーな夢物語を作って日々の生活をしているし、かつてトビーの学生時代の映画に出演したハビエルはドン・キホーテだと今だに思い込んでいるし、ヒロインを演じたアンジェリカはトビーの言葉を真に受けて女優を志して村から出てゆくが夢は叶わずロシア人富豪の愛人として囲われているのだ。
さらに、辛辣なのはロシア人富豪がハビエルの妄想(?)につけ込んでただの気晴らしのために彼を笑い者しようとする。そこではじめてハビエルを頭のおかしい奴と考えそれに振り回されていたトビーは自分のやっていたことに気がついてハビエルを救おうとするのだが、実はハビエルも正気でドン・キホーテを演じていて、そんな彼を過失とはいえトビーは殺してしまう。まさしく『ドン・キホーテを殺した男』であり、夢物語を殺した男になるのだ。
辛辣なところはそれだけではない。ロシア人富豪がやっていることとは自分達がやっている写し絵でもあるからだ。多チャンネル化時代にひとつの物語を愛することよりも、ひとつに感動したら、次の物語を見るという、コンテンツとして「物語を消費している」ことをやっているのだから。
◆それでも夢は消えない。
ここまで来て、この映画はバッドエンドで終わる。とはならない。実はハッピーエンドで終わる。しかし、かなり無理矢理にだ。どうしてそう言い切れるのかといえば、この映画では、いわゆるトリックスターが出てくるからだ。トリックスターとは文字通り物語をかき回しす善とも悪ともいえる二面性をもっている存在だ。つまり、消費されつづける夢物語に対してカウンターを打っているのだ。
そいつはトビーに学生時代に撮ったDVDを渡してハビエルに合わせるように仕向け、最終的にはトビーを本物のドン・キホーテさせるように仕向ける流れになっているからであり、そして、実はそいつがいないと、この物語そのものが転がらないからだ。
そうゆう意味ではそいつこそが「夢物語の女神(?)」であり「夢物語そのもの」だともいえる。
こんな強引な展開は、こんな世の中に嫌悪感を抱いているにもかかわらず、それでもまだ希望を捨ててはいないのか、それとも意地になっているのかは分からないが、ギリアム監督の現在の心境であることは間違いないだろう。
だからこそ、原点の小説と同じドラマに着地したとも言えるかもしれない。
確かにそれは物悲しいが、力強い物悲しさなのだ。雑にまとめると自分にとってギリアム監督作品は「面白い」というよりも、ほとんどの作品に「好き」の感情がどこかにあって、やはり、この作品もやはり好きなのかもしれない。
The Man Who Killed Don Quixote - Trailer
The Man Who Killed Don Quixote (Original Motion Picture Soundtrack) [Explicit]
- 発売日: 2018/06/11
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