ここでは題名と名称を恣意的に表記します。[敬称略]
映画とはポエムです!ポエムとは映画でもあります。それでは大いにポエムちゃいましょう!
今日のポエム
モビルスーツクラッシック
「機動戦士ガンダム」の富野由悠季監督が1989~90年にかけて全3巻で出版した小説「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」をアニメーション映画化した3部作の第1部。アムロ・レイとシャア・アズナブルの最後の決戦を描いた映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」から12年後の宇宙世紀105年(U.C.0105)を舞台に、かつてアムロとシャアの戦いを見届けたハサウェイ・ノアが、腐敗した地球連邦政府に反旗を翻す姿を描く。「シャアの反乱」と呼ばれた第2次ネオ・ジオン戦争から12年。世界は変わらず混乱状態にあり、地球連邦政府は強制的に民間人を宇宙に連行する非人道的な「人狩り」を行っていた。そうした地球圏の腐敗した現状に、マフティー・ナビーユ・エリンと名乗る人物が率いる反連邦組織「マフティー」が立ち上がった。マフティーの正体は、かつて一年戦争にも参加した地球連邦軍士官ブライト・ノアの息子ハサウェイ・ノアだったが、そんな彼の運命は、謎の少女ギギと連邦軍大佐ケネスとの出会いによって大きく変化していく。監督は「虐殺器官」の村瀬修功が務めた。
映画.comから引用
今回はネタバレスレスレの誉め&疑念モード。
個人としては本作を語るのには結構に難しい。今年ベストかなと思いつつもドラマが超苦手な展開になっているからだ。
つまり、気に入っているところと気に入らないところの差が激しい。
でもまぁ、その前に本作は派生作品が多い『機動戦士ガンダム』の中でも本伝に位置する宇宙世紀シリーズからでもあり、しかも富野由悠季監督『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(1988) の続編でもあるので、「過去のガンダム作品を全部観なくては、少なくとも『逆シャア』は観ないと面白くないのでは?」と思うかも知れないが、その心配はない。
これだけでOK👌!本作単体だけても充分に面白い!! (当ブログのお約束)
そして、本作を観ようかどうかで迷っている者に基準としてオススメするのはガンダム等のロボットアニメではなく、本作の村瀬修功監督が作った前作『虐殺器官』(2017)を面白いと感じたか、そうでなければ、モノクロ時代の欧米映画が好きな者なら少なくとも失望はしない。そう言い切れるくらいに本作は富野由悠季のクセを村瀬修功自身の味に仕立て直しをしている。
つまり、富野節とも言える言葉の応酬というべき会話劇手法よりも、おそらくは村瀬が好きなのであろうと推察するクラッシック作品の雰囲気がココにはあるのだ。
クラッシックがロボットアニメに新鮮さをもたらすという、まさに目から鱗が落ちる出来上がり。
それが、本作。
そんなクセこと富野節とは例えば、予告にもあるのでネタバレにはならないが、「油断をすると死ぬぞ」をわざわざ「身構えている時には死神は来ないものだ」とかにしてみたりして、お前はシェイクスピアか!とツッコミを入れたくなる独特なセリフ回しがある。
でも確かに、シェイクスピアの時代は照明が電気ではないので、舞台は薄暗い状況で役者の芝居が見えにくいのではなかったのか?と言われているので、そのセリフ回しが生まれたと考えられているが、それを鑑みれば、富野監督はテレビアニメの草創期から仕事をしている人物なので動画を抑えつつガンダムの様な複雑なドラマを成立させるために、あのセリフ回しになったのだろうが、村瀬監督の場合は、それらをモノクロ映画の、例えば「君の瞳に乾杯」みたいなクラシカルな雰囲気に仕立て直している。
また、それはキャラ設定に付いてまわる、戦闘能力は高いが、どこか浮世離れした無垢なヒロイン。も富野ガンダムの特徴で、それは単純な善と悪との戦いの展開にしないための富野監督の工夫から生れたキャラ設定なのだが、村瀬監督は、それをハワード・ホークス作品に出てくるような主人公をかき回す様な設定にしてキャラに抑えて表現している。これもまたクラシカルである。
大丈夫、アニメファンはミヘッシャに萌えるとよろしい!
そして中盤のモビルスーツ戦もロボット戦のケレン味を抑えて、どちらかというと、その下に存在する人々の視点中心で描くことで新鮮さを出している。-- そしてこれは、ガンダムファンなら、ファーストの第1話『ガンダム大地に立つ!!』での、ザクがコロニーに侵入して破壊へといたるその感動&興奮を再現もしている。-- これは戦争を題材にしたメロドラマの手法の応用だ。これもまたクラシカル。
まさに、リサイクル。
でも、本作で特出するべきなのは伝えたい事が無いことだ!笑わせたいとか泣かせたいとかの感動させようとか、何かメッセージを込めよう。とかの素振りがまったく無い。
そこがいい。凄くいい。
つまり、中身が無い!だって、ただメインキャラの紹介だけで終わっているのだから。
(画像は映画.com)
この清々しさがたまらない。
それでいて、不満はまったくない。それは本作が会話とサスペンス演出だけで成立しているからだ。それはまるで植物性の食材だけなのに食感を変えることで食べる者への満足させている精進料理と同じ。食べたことはないけどね。
でもガンダムなんだよね……。
ここから、ポジティブからネガティブターンになるが、自分には宇宙世紀シリーズがどうしてそんな闘いになっているのかが全然分からないんだよ。
いや、文言は聞いた、知っている。でも、それにまったくピンとこない。
正直、『逆シャア』でアムロとシャアがどうしてて対立しているのかが、今でもピンとこない。ずっと過去に本作の原作を読んだことがあるけど、やはりピンとこなかったのだから。
まるで、『真剣10代しゃべり場』での若者の主張みたいな。(分かる人向け)
気持ちはタクシーの運チャンと同じ。(分かる人向けPart2)
そう、青臭い。ニュータイプとは青臭さだ!
そのくらい、宇宙世紀シリーズは観念的。その具体化は富野監督にしかないのは理解できるのだけれども……。
だから、3部作になるのであろう本作も2、3部作で観念の森へとさまよい迷い込む恐れがあるので、ガンダムについて語るのは次作ではなさそうなので書いてみた。
注釈:上映している映画館ではBDも発売しているが、本作楽しむなら映画館と同等の解像度と音響設備が必要なので、真に楽しむならそちらを優先すべき。
劇場で鑑賞。